いわき市
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
いわき市とは、福島県の浜通り(太平洋沿岸)の南部にある、面積がムダに巨大な点を特徴とする市である。
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[編集] 概要
面積は1200km2で、香川県の2/3もある。市の大きさとしては日本一・・・だったが、2003年には清水市との合併なんぞで姑息に面積を拡大した静岡市によって抜かされてしまった。
広いくせに政令指定都市とは違って行政区が設けられていないので、とにかく場所が非常に判りにくい。
とにかく何事にも中途半端な都市。都市と言えるかも微妙。
市庁舎所在地が岩城一族の本拠地だった飯野平(合併前の平市)なので、本来なら漢字で「岩城市」と表記されるはずの所を、ムダに巨大化させて勿来まで市域に入れたために、政治的妥協でひらがなの「いわき市」にさせられてしまった。お陰で、漢字とひらがなでは、イメージや指す場所が全く違っている。大名由来の都市名には、浜通り内でも相馬市が在るけどね。
福島市や郡山や会津若松など、福島県の中通りや会津地方よりも、浜通り同士(広野、相馬など)や茨城県北部(水戸、日立市など)や宮城県南部(仙台など)の方が繋がりが深い。浜通りは福島県の中で仲間外れになっている地域だが、いわき市はこの傾向が特に強い。
これは、いわき市から福島市や郡山に行くへは75km以上も要する上に、山岳地帯(阿武隈高地)を越えなければ行けないが、水戸や相馬や仙台へは海沿いの平野を通れば楽に行ける為である。中でも、常磐線や常磐自動車道は水戸側の方が早く複線化された為、茨城県北部への交通の便はすこぶる良く、「茨城県岩城市」「茨城県小名浜市」と呼ばれる事すらある。
福島県のテレビやラジオは中通り(福島市か郡山)に立地する為、福島市中心か郡山中心の報道をしており、いわき市の情報など殆ど扱ってくれない。その為、いわき市民は中通りのテレビやラジオよりも、浜通り内、或いは茨城県や宮城県のテレビやラジオに頼っている。
又、青年は以前に比べれば少なくなったとはいえ、夜になれば大抵ラジオを聞く。しかし、郡山にある福島放送が制作する番組に背を向けて、仙台にあるTBCラジオの番組(例:『イキナリ!』など)を聞くか、福島放送を聞いても全国ネット(東京の放送局が発信している)番組、或いは文化放送のアニラジ番組を聞いているという。
この地域はアクセント破壊地帯としても名高い。 北関東北部から南東北南部一帯はアクセントが壊滅的なまでヒドイと言っても過言ではない。 「雨」と「飴」、「雲」と「蜘蛛」、「虹」と「2時」のアクセントが全て一緒である。 というかアクセントって何? というくらいグダグダ。 いわきに住んでいる内は周りもそうなので自分のアクセントのおかしさに気付かないが、大学進学などによって他県で暮らす機会があるともういい笑い者である。
あと一応東北のくせに冬になっても雪が降らない。降ると言っても山で降っている雪が風で飛んできただけ。東京で積雪が観測された日も、いわきは快晴だったりする。ただし冬晴れると放射冷却現象というもので結構、いやかなり寒い。
このように、いわき市は、福島県の中では最も福島県らしくないと言える。
[編集] 産業
いわき市は広く、山から平野から海まであるため、サービス業、工業、農業、漁業、林業、観光業、分類不能の危険な某職業まで幅広く行われている。
いわきでスーパーと言えば「マルト」。
[編集] 歴史
1966年に、当時の平市を中心に多数の近隣市町村と大合併、面積1200km2と、まだ自家用車も普及していないその時代にしては相当な広さを持つ市になった。
又、1960年代までは炭鉱がある街としてお馴染みだったが、当時日本にも浸透しつつあったエネルギー革命(エネルギーの中心が石炭から石油に代わること)の波によって炭鉱は廃鉱に、炭鉱の住民達は移住を余儀なくされた。
これについては水島新司の野球漫画ドカベンで、いわき東高校の炭鉱ナインが夏の甲子園の決勝で主人公率いる明訓高校と対戦する回で描写されている。(※本当)
[編集] 地区
いわき市は広いのでムダにたくさん地区がある。ここでは数ある地区の中から主要と思われるものだけを紹介する。
[編集] 平
「たいら」と読む。平安時代から戦国時代まで長らく岩城一族の本拠地で、また飯野八幡宮の所在地で、飯野平(いいのだいら)と呼ばれていた。江戸時代には岩城一族が由利本荘に追放され、代わって徳川家康の子飼いだった鳥居忠政が入ると、「いわ」の字が変更されて磐城平(いわきたいら)と呼ばれていた。「平」の由来は、平安時代の大名・岩城則道の奥さんが平泉の出身で、平泉に肖って中心部を「平」、郊外を「白水」と称したという説が有力である。尤も、平地だから「平」って考えなんだろうけどね。
常磐線の「いわき駅」は、当初は「平駅」を称していた。このため、平駅へ行く列車は「平行 (へいこう)」と読まれて、「交わらない事」と混同される事が多かった為に、「いわき駅」に改名された。どうせなら、漢字で「岩城駅」の方が判りやすい気もするんだが。
2007年、いわき駅前に『Latov』という図書館とかショッピングモールとかが入った建物が出来た。
駅前にあり、本屋とかレストランが入っているからか高校生等で賑わい、地味だった駅前は賑わいを取り戻したが、地味な旧駅前ビル『ヤンヤン』は重機の餌となってしま今では残骸が残るのみである。 しかし、本屋の『ヤマニ書房』はすぐ近くに本店があるため無駄だと思う人も少なくない。
尚、日本最強の宝くじ売り場として知られた大黒屋は2001年(平成13年)に倒産して消滅した。 (宝くじ売り場だけはT1ビルというところの薄暗い場所に移動している。)
郊外には白水阿弥陀堂があり、紅葉の名所として有名である。偕楽園の岩城版といった所である。
(書きかけ)
[編集] 小名浜
「オナ浜」と表記してはいけない。いわき市の南にあり、いわき小名浜みなとオアシスを始め海の町として名高い。なぜか『東北の湘南』と呼ばれているが、実際呼んでいるのは根っからのいわきっ子だけ。他県の者にそれを言うと失笑されるので注意。 なおオナ浜…もとい小名浜第二中学校の応援の際に発せられる掛け声は全国的にも非常に有名であり、行列のできる法律相談所を始めとしてバラエティー番組での下ネタでは幾度と無く取り上げられるネタである。 小名浜第二中学校の生徒もこのことを嫌がってはない(むしろ喜んでいるらしい)
NHK第二ラジオの気象通報では、福島県周辺の気象を表すときに小名浜の名前が出される。
いわきの中でお猿さんの生息率が高い町のひとつでもある。
[編集] 勿来
「勿来」の字義は「来るな」という意味(真)。東北人の南下を防ぐ為に、畿内の貴族たちが付けたネーミングである。まあ、現在でも関東人たちから「来るな、田舎モン」と思われているだろう。
[編集] 常磐
常磐温泉で年寄りの温泉旅行者にはお馴染の温泉地帯。 地元の子供会では夏に常磐ハワイアンセンターへ行くのが習慣となっている。 おみやげの定番は香料がきついパイナップル饅頭。
またこの地にある「石炭・化石館」へ小学校の遠足で行くのも習慣。 そして「セキタンカセキカン」と言えない(言い間違える)同級生をバカにするバカがクラスに一人はいるのもセオリー。
[編集] 四倉
いわきの最北端の港町。(え、久ノ浜って双葉郡だろ?)台風が福島付近に上陸する前後、台風情報(夜中)では小名浜ではなくなぜかショボイ四倉港での中継が多い。いわき内のお猿さん生息地のひとつ。
[編集] 関連項目
[編集] その他のムダに広い市町村
- 高山市 - 現在、日本で最も広い市は高山市である。市なのに香川県や大阪府よりも広く、東京都の面積とほぼ同じ。
- 浜松市 - 政令指定都市なのに過疎指定地域もある。山のほうまで広げすぎである。
- 日光市、北見市、静岡市
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