うちわ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「うちわ」の項目を執筆しています。

うちわ団扇)とは、扇いでを起こす道具の一種。 ライバルは扇子

用途と機能[編集]

団扇の用途と機能は、生活用具としての物理的な用途・機能とそれ例外の役割により、以下のように分類できる。

夏祭りでもよく使用される。
  • 暑い時に冷たい風を送る。
  • 秋刀魚の塩焼きやうなぎの蒲焼の匂いを広げて猫をおびきよせることができる。
  • 遠くから扇いで風を起こし、好きな女子のスカートをめくれる。
  • オナラをした瞬間、嫌な奴に向けて速く臭いを運べる。
  • 手に持っているだけで夏祭りに来ている雰囲気が味わえる。
  • 散らし寿司を作る時に冷やすのに便利。
  • もしかすると嫌な学校の先生のカツラを飛ばす事が出来るかも。
  • 両手に持って扇ぐと飛べる。
  • 好きな女子と話すとき顔のほてりをごまかせる。
  • 政治家が配ると違法献金として追及される。

歴史[編集]

古来、うちわはもっと大型で、「あおぐ」ためより「はらう」「かざす」ためのもので、威儀、縁起祈願、軍配、行司信仰占いなどにつかわれた。その後、形態や材質は時代によって変化してゆき、室町時代末、「重すぎて持てるわけねーだろ、カス」などという民衆の意見が増加した為、現在の軽くて扇部がへたらない骨とを素材とする貝殻の様な形となる。 やがて江戸時代になると、「扇子信者どもはクズwww」とでも言うのかのように、うちわは扇子に打って変わって一般大衆に普及し、町民文化の象徴の一つとして装いや流行など、さまざまな場面で利用されるようになった。うちわの扇部分に血でダイイングメッセージを残して死んだという事件も起きたほどである。しかし、扇子信者も反抗し、やがて戦争となり、現在まで語り継がれている「団扇・扇子の乱」(後述)が起きた。明治時代には、その貝殻に似つかない素晴らしい図柄のうちわは、当時の外国人に高い評価を得て盛んに外国に輸出された。

現代での活躍[編集]

あの将軍様も団扇信者の一人。

現在は扇子とは違い、幅広い活躍をしており、商家の配布用としての需要も急増し、裏面に名入れ、表面には商品や様々なメッセージが織り込まれ、広告媒体としての意義を備えている。またイケメン軍団のコンサートや韓流スターのイケチョン来日などのときにも使用されている。 また、サザエさんが魚をドラ猫に銜えられて盗まれたのは、うちわで焼き魚の香りを広げた為である。

団扇・扇子の乱[編集]

上記で少し触れたが、とある農村で団扇・扇子の乱という戦争が起き、多くの民衆を巻き添えにして団扇信者と扇子信者が争いをした。信者たちはお互いに、団扇軍と扇子軍に別れて戦った。しかし、団扇信者と扇子信者はお互いものすごく真剣に戦っていたそうだが、全く関係ない周りのほとんど奴らは、どうでもいいと思っていた者や、逆に面白がり戦っているところに石を投げ込んだり、おむすびを食いながら観戦した者が大多数だった。 団扇軍は、団扇の硬い扇部分の平たい角の部分で頭や指の間を力強く叩いて攻撃し、扇子軍は、扇子で敵軍の人間のケツを3人の集団で一斉に叩いたり、お互い激しい攻撃をしていたと、当時の旅人の日記に綴られている。 苦戦したものの、なんとか団扇軍が勝利を収めた。 しかし、「これ以上扇子を馬鹿にするのはやりすぎ」という世論が多くなり、団扇軍と扇子軍で話し合いが行われ、団扇軍のリーダーが「団扇と扇子は似たもの同士で兄弟。これからは無駄な争いはせず、仲良くしていきたい」と言い、扇子軍のリーダーも「団扇と扇子は家族同然。お互い高い評価をされるべき道具。」と言い、和解して握手をしたという。ちなみに、当時その話し合いに参加していた農民の日記には、「その時の両軍のリーダーの目は笑っておらず、妙に手に力が入りすぎているように見えた。」と記されている。

扇子との違い[編集]

うちわと扇子は、古今の文献でも扇(おうぎ)という言葉で混同されており、はっきりしていない。

だが、日本うちわ協会(NUK)は「わざわざ扇を開ける必要がある面倒臭いクズが扇子。すぐに扇げる便利な道具がうちわ。」と強く国連に主張している。

結論[編集]

なんだかんだでうちわ扇子なんかよりエアコン扇風機が愛されている。

関連項目[編集]