かちわり

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索

かちわりないしかち割りとは、甲子園球場で200円で販売されている、ただのである。しかしただ(無料)ではない。

概要[編集]

この氷は、甲子園球場で高校野球観戦中の観客らが、熱中症により死亡するのを防止するために販売されており、炎天下の観客らが観戦で熱くなり過ぎないよう、購入者が前の人の襟足から背中に氷の欠片を投げ込むために利用される。稀に購入者自身が水分を補給するためにも利用されるほか、スタンドで寝込んでいる風邪の罹患者の熱冷ましにも利用される。

原料は、六甲のおいしい水であるが、これに八甲田山を加えたり、南アルプスの天然水が注がれたりしたものも秘密裏に流通している。カルピスを注いでも良いが、ビールコーラを注ぐとの呪いで爆発を起こすので注意が必要である。高校野球の観戦のときに販売されているが、これは阪神タイガースの試合のときは、忙しくてかちわりを食べている暇など無いため、専ら投擲用に用いられる。

この氷は良質のミネラルウォーターを原料とすることから愛好者も多く、また砂糖のような有害な添加物を含まないことから健康食品として人気が高い。しかし一部では、その成分のほとんどがDHMOであることから中毒の危険性があると警告する者もいる。ただ、DHMO含有説に付いては疑問視する識者も多く、相変わらず健康食品として北は北海道から南は沖縄まで、全国各地よりこのかちわりを食べるためだけに甲子園を目指す者もいる。

語源[編集]

この氷の名称は、一般には「氷をカチ割って作ったからカチ割り」という説が流布されている。しかし1957年に始まったこの氷の販売筋では、明治最後の剣客とまでうたわれた榊原鍵吉にあやかったという説がある。

榊原鍵吉(1830年12月21日 - 1894年9月11日)は、1887年に既に60歳近い高齢であったが、二人の剛剣使いが失敗する中、その見事な太刀筋で兜割りを成功させたことで知られている。その榊原に師事を請うた梶本某は、後の戦後混乱期に巨大な氷塊を刀で割るという大道芸で暫く糊口をしのいでいたという。彼は師の榊原を慮って、自分の大道芸は兜を割れず、精々人の鉢(はち:のこと)を割るのが関の山と自負していたため、自分の芸のことを「鉢割り」と呼んでいた。

やがて戦後の復興期に高校生野球が再開されたが、この当時は日本国民の栄養状態もまだ悪く、炎天下の観戦で倒れるものが続出、1試合平均で約3.6名が死亡していた。このことに心を痛めた梶本某は、自分の芸が役に立つと考え、甲子園で鉢割りの芸を披露するとともに、割り砕いた氷を1袋15円で売り始めたという。こうして夏の甲子園名物「鉢割り」が始まった。

しかし後に「頭を割る」という意味の鉢割りでは、デッドボールで眉間を割った甲子園球児に申し訳ないとして、「かちわり」になったと伝えられている。

備考[編集]

現在では初代の梶本某が死去したため、「かちわり」こと鉢割りの大道芸は披露されなくなったが、今日でも同球場の三塁側内野席下にあるという秘密の作業所では故事にのっとり、高校野球開幕試合の直前には高校生野球観戦者の安全を祈って、決勝戦試合開始前には最後まで健闘した高校生球児の労をねぎらうため、晩年に梶本某が剣道部の指導を行った縁から大阪西警察署から居合いの名人が参加して、交代でかちわりを作っているという。このため「一番最初のかちわりと、一番最後のかちわりは格別」といわれている。

このため近隣都道府県から集まる愛好者筋では、この特別なかちわりをクーラーボックスを持参して持ちかえる者もいるが、一部がインターネットオークション上にも流れることもあり、2003年に好事家が保存していた「1988年当期最初のかちわり」一袋が出品され、数万円の値を記録したこともあった。とある愛好者は自宅に冷蔵庫を4台設置して毎年のかちわりを保存しているとのことだが、1988年のかちわりは当時のバブル景気絶頂にあかせて南極の氷が加えられているため、プレミアがついたとのことである。

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「かち割り」の項目を執筆しています。


この項目「かちわり」は、記事というより味無し酢豚です。この味無し酢豚に味付けしてください。貴方なりに美味しくしてください。お願いします。 (Portal:スタブ)