しまなみ海道

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しまなみ海道( - かいどう)とは、広島県尾道市愛媛県今治市の間の瀬戸内海を島伝いに通る、歴史的な陸上・海上道路および沿線の島々ならびに町のことである。 具体的には、海道および沿線の向島 ・ 因島 ・ 生口島 ・ 大三島 ・ 伯方島 ・ 大島を指すことが多い。各島に点在する海賊水軍)が古くから有名で、水軍海道という別名もある。また、海賊船の伝統から、海道沿いに海軍の特殊部隊が常駐していることでも有名である。

海賊基地・水軍基地としてのしまなみ海道[編集]

瀬戸内海は古来より、日本の海上交通の要衝であった。とりわけ、近畿九州を結ぶルート、関門海峡を通過して中国を結ぶ貿易航路として、多くの船舶が航行する海域であった。 しかし室町時代ごろから、しまなみ海道を中心とする瀬戸内海西部では海賊がしばしば出没し、この海域を航行する船舶を襲撃して金品を奪うようになった。 陸に囲まれているため嵐が少なく緊急時に停泊できる島も多いことから、地理的には比較的安全なしまなみ海道であるが、高度な操船技術と戦闘能力を持つ海賊たちが待ち構えるこの海域は、貿易船にとって最大の難所とされていた。

戦国時代になると、水軍の優れた技術に着目した毛利家が村上氏(村上水軍)を直属の配下とし、海戦において無類の強さを発揮した。

明治時代に入ると水軍の持つ技術は造船業に応用され、特に今治因島における造船技術の基礎となった。

戦時中、石油が日本に輸入されなくなったため、当時の政府が村上水軍の血を受け継いだ海賊を神風特攻隊と並ぶ神風海賊団として組織しようとした。しかし、 石油を豊富に持ち、近代兵器が発達している米英軍には海戦に長けている村上水軍でも歯が立たなかった。

現在では北朝鮮対策として、軍艦を中心とした造船・海戦技術および村上水軍の戦術を応用した工作員の訓練など、北朝鮮の日本侵攻および対戦に備えて期待されている。

平成の大合併により、県境が今治市と尾道市の境目とかねるようになるほど対岸の大きな市の勢力が増し、海道沿いの島々が尾道市と今治市だけになってしまった。

それをいい機に、越境合併してしまなみ海道をひとつの市にしてしまおうとする計画があるらしい。越境合併が成功した暁には、しまなみ海道国として日本から独立しようとする動きがあるとのこと。

観光地としてのしまなみ海道[編集]

1999年、各島を結ぶ橋がすべて完成し、今治と尾道が一本の道でつながるようになったため、しまなみ海道観光は容易になった。

いままでの本四連絡橋は電車か自動車で渡るというのがデフォルトであったが、ここの場合はそれらと違って電車で最寄り駅まで行き、最寄のあそこの駅か、あるいはあちらの駅からレンタルサイクルでいくことを推奨されている。

というのも、観光地としてのブランドを確立している淡路島と違い、これらの島々は四国の観光客にスルーされやすいと懸念されているからである。自転車でゆっくりと行くことにより、これらの島々にお金を落としてもらいたい瀬戸内の風と水軍と瀬戸内特有の郷土文化を堪能してもらうことが目的である。

一応、各島内の高速道路も整備する計画があるらしいが、地元民はあまり推奨していない。しかも、高速道路は愛称が無く、そちらのほうをしまなみ海道と呼ぶのはふさわしくないとの理由である。

名物と主な産業[編集]

  • 今治・因島 造船
  • 伯方島を中心に愛媛県側 は! か! た! の! 塩!とは! か! た! の! 塩!ラーメン。最大のライバルは博多のとんこつラーメン。
  • 全ての島 みかん 最大のライバルは和歌山のみかん。愛媛県側にはもちろん、この海道沿いにもポンジュースの出てくる蛇口が存在する。
  • 全ての島 伝統的な海賊料理・海軍料理 最大のライバルは近代海軍料理として有名な舞鶴
  • 生口島 レモン 有吉弘行はじめ広島人がおしい!と大絶賛。生口島のレモンを片手に大島[1]で「レモンのいれもん」と言えばあなたも立派なしまなみ通。

脚注[編集]

  1. ^ 宇宙一のすべり芸人、村上ショージ師匠を生んだ聖なる島である。

関連項目[編集]


まだ未熟です この「しまなみ海道」は、執筆がまだ未熟なのでヨタついています。まっすぐ走るようにして下さる教官を求めています。 (Portal:スタブ)