ぜんざい

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「ただ…すまん……ただ……無念だ。」
ぜんざい について、財前五郎

ぜんざい(善哉)は、ドス黒く甘ったるい小豆の汁にや白玉団子といったものを加えた高カロリーな食べ物である。汁粉とはまったく異なる食べ物で、その歴史は新しく、国立浪速大学第一外科で作られ広がった。

起源[編集]

善哉は、国立浪速大学医学部第一外科教授・財前五郎によって作られたものが最初であることがわかっている。絶大な権限と野望を持ち、患者を患者と思わず、医局員に恐れられた財前教授は、無類の甘党として知られていた。彼は総回診後や手術の後などの疲労時における効率的な栄養補給として小豆の効用・豊富な栄養に着目しており、試行錯誤の果てに小豆をブドウ糖注射液で甘く煮たものが最も栄養価が高く、またおいしい事を発見した。

財前は自分達の栄養補給にこの栄養食を積極的に利用した。教授が教授会や手術室から医局に帰って来た時は、研修医達が調理役にかりだされ、大学病院の薬剤部から「手術用」と偽りブドウ糖注射液をくすねて、小豆煮を作らされたといわれる。医局の医師達は、この小豆煮に焼いた餅や白玉団子を入れ腹を膨らせた。この餅入りの小豆汁は、「ドス黒い液体に白い塊が浮かんで」いて見た目にもなかなかグロテスクであった事から、せめて名前だけはオシャレにと「白い巨塔」と名付けられた。財前はこの小豆煮を常食としていたが、一説では財前のあくなき野望とタフさの源はすべてこの小豆煮が原因ではないかとも言われる。

しかしながらこの暴飲暴食がたたり、の専門家である財前教授の胃はついに根を上げ、胃癌で倒れてしまうという皮肉な結末を迎える。財前の死後、彼の同窓である内科医・里見脩二や第一外科の医師達、大学病院のコメディカルによって小豆の栄養食は一般に広められ、徐々に普及していった。やがて「財前教授の小豆煮」「財前風小豆煮」などが略され、「財前」、そしてそれがさらになまり善哉という現在の名前になった。

地域別のぜんざい[編集]

関西で言うところのぜんざいのことを、関東地方では汁粉と呼ぶ。これは財前教授の陰謀や報復人事により関東の関連病院に飛ばされた消化器外科医達が食べ始めたのが最初だと言われる。彼らにとって、ぜんざいの上品な甘さや暖かさはクセになるものであり、手軽な栄養補給の手段としても重宝する料理であった。しかし、自分たちを左遷した憎い財前を彷彿とさせるものでもある。ぜんざいは食べたいが、財前は思い出したくない。このような葛藤を経て、彼らはぜんざいの名前を汁粉と改めたのである。

なお「ぜんざい」のお口直しとして塩昆布がつくのは、夜勤や急患で重労働を強いられる医師達のNa補充として使用されたためである。

関連事項[編集]