とらうま町

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とらうま町(とらうまちょう)は、練馬区埼玉県の間に存在するあいまいな土地である。正式名称はおそらく虎馬町。しがらみ町とも呼ばれる。初代町長がかってに自治を宣言をしたため、練馬区と埼玉県との間で戦争が勃発した。1971年に練馬側とは休戦条約が結ばれたものの、埼玉側とは未だに激しい戦闘状態が続いている。この町には変人が多く、通り魔が頻繁に出没しているのでヘタをするとヨハネスブルク以上に治安が悪い可能性があるので注意が必要である。なお一部では、この町は精神病患者妄想で作られたという説がある。

地理[編集]

とらうま町の正確な位置は分かっていない。練馬区に属していたり、埼玉県に属していたり、どこでもなかったりする。100年前は誰も寄らない不吉な沼だった。そんなものだから長い間練馬区と埼玉県がこの土地を押し付けあっていた。 以前はこの土地を埼玉側は死殻海(しがらみ)と呼び、練馬側(当時は板橋)は通らぬ沼、変じて妬裸沼(とらうま)と呼んでいた。 その名残で土地の名前が混同してるのであって、けっして作者の無計画ではない。ん、昔は都があったって?

歴史[編集]

かつてこの町にはとらうま京という発達した都があったが、一般の歴史からはなかった事にされている。 とうらま京中期には史上最悪の陰陰師である暗部低迷(あんべのていめい)が都住民をもれなくしょんぼりしてたという。またこの時代にとらうま院が建築され、絶望の間に施されたふかづめ模様1999年に国宝に指定されたがこれもなかった事にされた。藩政時代には目盛守清粍(めもりのかみきよみり)という偉人が存在した。その功績は「とらうま藩の単位の統一につくされた」である。が、彼が定めた単位は現在ではまったく使われていない。他に"武士のなさけ"のかけ方を記した『五淋の書』(まさし著)というありがたい教典が伝わっている。その他に、とらうま町で流行している冬バテもこの時代から存在していることが確認されている。なお、松尾芭蕉が一度ここを訪れて俳句を読んだが、これもなかった事にされた。おそらくこの時代に作られたであろう子宝焼きも一度は国宝に指定されるもなかった事にされた。江戸時代末期にはとらうま出身である甘太郎氏が新撰組入隊を一度は認められたも、近藤隊長が直接この地を訪れてなかった事にされた。近年、茨城県下妻市砂沼と姉妹都市を締結しようとしたが、なかった事にされた

1950年~80年に起きた出来事は2006年現在、全てなかった事にされている。理由はバキューン!!。 と、他にもなかったことにされたことが沢山あるが、詳しくはうわ何をするやめ








ドラッグしても何もないよ。あんた暇人?ま、あなたの失態があまりに恥ずかしいなら、なかった事にしてあげるけど。


教育施設[編集]

実に個性的な学校が存在する。例が虎馬高校である。教育方針のあまりの凄さに日本ひきこもり協会に絶賛されている。他にも男ヴァレンタインなる同性愛の儀式を持つしがらみ工業高校などがある。

福祉・公共施設[編集]

この町の病院へは通院しない方が得策である。なぜならピンキリであるから。警察はおそらく普通であろう。

レジャー・買い物・食事・観光[編集]

とらうま町は特にたいした観光名所は存在しないが、しがらみ山天才山など豊かな自然がある。 パンダ好きならとらうま動物園へ。被り物キャラ好きならしがらみランドへ。買い物は庶民的なとらうま商店街がおすすめだ。運がいいと体中に加盟店のロゴマークを背負わされた広告塔、地丹に出会える。映画館はアホみたいに沢山あるので、長時間並ぶ必要もない。が、メジャーな映画が上映されてるとは限らない。虎馬駅から徒歩1分の好立地には複合型ファッションビルディープトラウマが存在する。中はマリオのおしゃれショップから鍋専門店下町奉行所まで盛り沢山だ。なおこの町のタウン情報誌であるTorauma Waiker腐女子によって乗っ取られてしまったので自分で情報収集する必要がある。

名産物
主な観光施設・名所

関連項目[編集]

この項目「とらうま町」は、気違い死に物狂いで書いたものです。今はまだ狂った内容しかありませんハイ狂わせてくれる精神異常者を探しています。 (Portal:スタブ)
この項目「とらうま町」は、執筆者がクラックをキメていた可能性もありますが、今はまだクソの山です。本当にありがとうございました。彩の国さいたまに訴えられないうちにさっさととりかえることをお勧めします。 (Portal:スタブ)