ゆうちょ銀行

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株式会社ゆうちょ銀行( - ぎんこう、英称:Japan Post Bank Co.,Ltd.)とは、東京都千代田区に本社・本店を置く企業で、銀行と名乗ってはいるが実質的には銀行であるとは言い難く、将来的に銀行という形態を取ることを目指している何かである。愛称はJPゆうちょ銀行、コーポレートカラーは郵緑(ゆうりょく)で、見た目は黄色と青を混ぜた何かである。

創業[編集]

郵便制度を創設した前島密子(まえじまみつこ、当時32歳の元主婦。翌年に離婚している)は悩んでいた。「ふんどし一丁で走り回るのはあまりに下品」との考えから一念発起、飛脚から運送業務を根こそぎ奪い取り、彼らに洋風の服を着せて国営化を果たしたあの栄光の日々からはや数年。やっぱり運送業だけでは儲からない。かといって、民営化するにしても朝令暮改と馬鹿にされる。国に職員の給料や衣装代を前借りしてるけどその返済もままならない。どうしよう。これでは私の理想が費えてしまう。あ、そうだ、為替を郵便で送るためにお金を預かって、あとは為替が川に流されたとか山賊に奪われたとかいって返さなければいいんだ! うんそうだ、いい考えだ。われながらかしこいっ!!

隆盛[編集]

創業の動機は不純極まるものだったが、密子が私的に流用した為替や貯金も国が最終的には補償に応じることになっていたため、次第に国民の信頼を集めるに至り、郵便貯金はその規模を拡大していった。しかしながら、今度は集めた資金の使い道に窮することになる。金を集めた以上、それらに利息をつけなければならないが、その運用先は容易に見つからない。が、それもすぐに深刻な悩みではなくなった。それ以上に貯金が集まるペースが速かったからである。利息の原資には新たな貯金を回すだけでよく、そうした自転車操業でも容易に払いきれるほどに急速に規模を拡大していけたのである。まさに国営のねずみ講が誕生した瞬間であった。

転機[編集]

しかし、こんなウハウハな状況に終止符を打とうとした奇人が現れた。小泉純一郎その人である。郵便貯金とは名ばかりで、国のもうひとつの(無尽蔵の)財布として、その重要な機能を果たしていた郵便貯金を止めるという、当時としては考えられないほどのマトモ(そう)な意見に、時の郵政族議員はその正気を疑った。バスタブ一杯に郵便貯金からせしめた一万円札を満たし、「諭吉風呂」と称して愛人に惜しげもなく振舞っていた某大物郵政族議員の中には「なに子供みたいなこと言ってんだよラーメン毛」などと公言して憚らない者も数多くいたが、「そもそも国営運送会社がなぜ金融業を兼業してるのかわけわからん」という国民の率直な声に次第に圧されていくことになる。

銀行になりたい[編集]

小泉純一郎の活躍によって、国営の運送会社たる日本郵政公社は4分割され民営化された。地域ごとではなく機能ごとに、という、傍から見てもかなり複雑そうな手法をとってはいるが、JRのように地域ごとに分割すると、国内に「運送業をメインとしつつ保険を売る銀行業」という一体全体まるで訳のわからないビジネスモデルをとる企業が新たに6社も誕生してしまうハメになるのだからこれは仕方がない。

こうして、運送業からの独立を果たした郵便貯金は、もはや郵便の名を捨て、愛称だったゆうちょを名乗ることにした。ゆうちょ銀行の誕生である。しかし、貯金は預金ではなくあくまで貯金だし、その貯金には何故か上限額が決まってるし、他の銀行間で容易に送金できないし、銀行や百貨店特有の金持ってない人は入ってこないでバリアがあまり感じられないし、といろいろとまだ銀行になりきれていないのが実情である。そこで、商号を株式会社ゆうちょ銀行になりたいに改めるべきだとする意見が、ごくごく一部の間で論じられている。

関連項目[編集]

Wikipedia
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