アブラハムの宗教

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アブラハムの宗教(あぶらはむのしゅうきょう)とは、全く同じ祖先を出発点としながら、喧嘩ばかりしている三兄弟(長男ユダヤ教次男キリスト教三男イスラム教)のような宗教である。

発祥[編集]

ユダヤ教[編集]

発祥はユダヤ教であることは間違いないはずである。三兄弟の原点であるソーセージ創世記は元来ユダヤ教の最初の経典であり、始祖モーセの著作だからだ。創世記には三兄弟の最初のご先祖様であるアブラハムには正妻の奴隷にお手つきして産ませたイシュマエルと、正妻が産んだイサクの二人の息子がおり、イスラム教の経典であるコーランでは、長男イシュマエルの子孫がアラブの民であるとされているが、次男イサクの息子であるヤコブの子孫が創世記ではユダヤの民となっているのでややこしい。アラブからすると「長男の子孫は俺たちだ」となり、ユダヤやキリスト教徒からすると「正妻の子孫は俺たちだ」となるからである。アブラハムは後々数千年にわたる諍いの種を自身の種と同時にこしらえたことになる。

モーセは紀元前1200年ごろ、エジプトで奴隷として弾圧されていたユダヤの民(当時はヘブライ人)を、数々のマジックイリュージョン奇跡で解放し、エジプト軍の追撃を海をまっぷたつに割って通り抜けるという真に神業をやってのけ脱出に成功する。モーセは双生児創世記を含むモーセ五書と石版に刻まれた十戒を残し、彼の率いた民が唯一の神であるヤハウェを信仰するようになった。五書はともかく十戒はまったくもって人間的な基礎基本の規範であったので、なんとなく広まっていったが、形がきちんとしたのはモーセから約700年後のバビロニアにやられたころだった。しかしやたらと規範だの戒律だのが厳しく、行動統制をされるので爆発的な広がりには至らなかった。

キリスト教の誕生[編集]

旧約聖書(ユダヤ教では新約聖書がないので怪獣みたいな名前ミクラーと呼ぶ)では預言者とメシアネ申の使者とかダビデの王国を再建する者とかという意味らしい)の登場を予見しており、待ち望んでいたにも係わらず、自称メシアのイエスが現れるとユダヤ教の司祭たちは猛烈に弾圧した。ちなみにメシアをギリシャ語に当てはめるとクリトリスクリストスであり、これがイエス・キリストの語源となったことはキリスト教内でもほとんど知られていないが誰も気にしない。また、イエスはヨシュアのラテン語読みからきており、ヨシュアは旧約聖書にも同名の預言者がおり、ありふれた名前であったが、誰も覚えてない。

数々のマジックイリュージョン奇跡を起こしつつエルサレムに迎え入れられたイエスが、ユダヤ教のラビたちに捕まってあまりに残酷な死に方をしたもので、メル・ギブソンが感動してイエスの生涯とその教えを後世に残そうと、彼を中心に編纂されたのがパッションである。これとは別にイエスの弟子たちやそのまた弟子たちにより編纂された、イエスの生涯と教えを説いたものが新約聖書である。ここでのミソはよく「旧訳」「新訳」と勘違いされがちであることである。キリスト教ではユダヤ教の聖典であるミクラーを過去になされた約束、イエスによる教えを新しくなされた約束としているのであって、日本人の多くがこの「約」の意味を「訳」と履き違え、改訂版か何かだと思っているのがバチカンの最大の悩みのひとつである。

ともあれイエスの教えは解りやすかった。ユダヤ教では「あれをしなさい」「これをしなさい」「あれはダメです」「これはダメです」と、やたらめったら行動についての規範や戒律が多く、面倒くさいにもほどがあるが、イエスは「信じるものは救われる」と言ったので、しち面倒くさい規範や戒律にうんざりしていた人たちに受け入れられた。イエス自身はユダヤ教のメシアであると考えており、「外国人お断り」を掲げて近所のオバサンから強烈な突っ込み食らったりしていたが、ユダヤ教からの転校生パウロが、国籍条項をはずしたので、さらに広まった。最初は弾圧しまくったくせに突如キリスト教を利用して統治を始めたローマ帝国の庇護もあって、ユーラシア大陸北部を中心に爆発的に広まった。

イスラム教の誕生[編集]

イエスに遅れること約600年、第二のメシアであるムハンマドがなぜだか旧約聖書に登場するうえ聖母マリア受胎告知をした大天使ガブリエル(コーランではジブリール)にメッカの校外で唯一ネ申であるアッラーヤハウェでも天にまします父でもない)からの啓示を受けた。

この啓示を人々に伝えようとしたが、イエス同様迫害され逃亡先であるヤスリブ(現在のメディナ)で、現在もよくテロ組織が固有名称に使用しているイスラム共同体を結成してメッカを占領した。ここでムハンマドは息絶えるのだが彼の教えを信じた者たちは「預言者ムハンマドの代理人」とかいうものを擁立して、さらに占領をつづけ、全アラブ人に「コーランか剣か」と無理難題を強要していった。軍事行動による制圧と征服による拡大といえる。

ムハンマド自身の教えではイエスは彼の前任者的扱いであり、尊敬される対象でもある。その後のイスラム教VSキリスト教の構図を見たら、ムハンマドイエスも「喧嘩をやめて~」と歌いだすに違いない。

兄弟喧嘩の勃発[編集]

ユダヤ教が定着したエルサレム神殿があったのがエルサレムって当たり前のことなのだが、バビロン捕囚だのユダヤ戦争だので、ユダヤ人はなかなかエルサレムに住み着けない。しかもイエスが磔になって死んだのもエルサレムゴルゴダの丘である。さらにムハンマドが大天使ガブリエルに連れられて一夜にして昇天したのもエルサレムである。これらのことからエルサレムは三兄弟宗教にとって聖地であり、言わば「親の残した遺産」状態である。しかも嘆きの壁だの岩のドームだの聖墳墓教会だの、それぞれのシンボル的な建造物が現存している。取り合いにならないほうがおかしい。

特に次男坊のキリスト教と三男坊のイスラム教は、それぞれローマ帝国ファーティマ朝など、交代で戦闘してエルサレムを奪い合ってきた。11世紀からの十字軍とサラーフッディーンって最近は言うらしいけどサラディンの攻防とかライオンハートリチャードの虐殺とか、ものすごい血で血を洗う攻防が成されてきた。第二次世界大戦で自称キリスト教信者のヒトラー、「イエス・キリストの成しえなかった仕事を私が実現させる」と豪語して、ユダヤ人キリストの敵みたいな扱いをし、ホロコーストなるめちゃくちゃ酷いことをした。大戦終了後、居所をなくしたユダヤ人を哀れに思った世界の警察を自負するアメリカ合衆国の支援を受け、イギリスが提案した「国際統治」という解決策や国連決議を全く無視して、ユダヤ人がこのエルサレムを含むパレスチナ地域で勝手に「イスラエル独立宣言」をしてユダヤ人国家を建設し、遅ればせながら長男ユダヤ教がようやく喧嘩に参戦する形となった。これがシオニズムの興りである。

ところが元来パレスチナに住んでいたイスラム教徒は追い出される形となり、ここにさらなる泥沼兄弟喧嘩が勃発。長男指示派のアメリカ合衆国を始めとする欧米キリスト教圏対イスラム諸国の図式が生まれ、さらにはイスラエルVSパレスチナとか国家を離れて地下組織になったイスラム共同体組織とか、アルカイダだのなんだの、組んず解れつの大喧嘩となった。

教義の差異[編集]

互いへの理解[編集]

だいたいにおいて長男って輩は自分が一番正しいと思っているので、この三兄弟宗教も同様である。ユダヤ教ではイエスムハンマドもけしてメシアではなく偽メシアと扱われる。これに対してイスラム教では旧約聖書を大切な聖典のひとつとしており、さらにイエスもムハンマドの前に現れた預言者として聖人にしている点で、もっとも寛大な三男であるといえる。しかしながら間に挟まれた次男キリスト教の信者には、イスラム教の狂信者が自分たちを殺しに来ると信じて疑わない者も多く、実際には狂信者であってイスラム教のほとんどの信者はテロリストなどではないにも拘らず、「イスラムは全部テロ組織」と思っている者が少なくなく、ネットでいろいろ配信しては喧嘩のタネをつくるのに勤しんでいる。

死後の世界感[編集]

ユダヤ教は審判の日まで魂はどこにいるのかわからないので、死後の世界は無いというのが見解である。審判の日に生前のややこしい戒律だの規範だのをしっかりした善い人間がヤハウェに救われ残りは悪魔の手に渡る。

新約聖書や旧約聖書では天国の描写は見られず、キリスト教の死後感はハリウッドが監修している。キリスト教では映画やなんかでご存知の通り、光に包まれた天国サタンだのマモンだののいる地獄へ、死んだ瞬間振り分けられる。しかも両陣営が目に見えて人の魂を争奪して抗争しているそうである。

イスラム教の天国はものすごい。信教を貫いた者だけが死後に永遠の命を得る。しかもそれがまた酒池肉林の世界である。他の二つの宗教と違い、事細やかにコーランに記載されているからエロ本並みである。例えば信教を貫いた信者は、天国で72人の処女とセックスができる。しかもこれが永遠の処女である。さらに絶対悪酔いしない酒や果物を好きなだけ味わい、めちゃくちゃ旨い肉を好きなだけ食せるという。

これは戒律のわりと厳しいイスラム教なので、単なる比喩であるとの説もあるが、イスラム原理主義過激派に属する若人はそんなこととは知らず、男ばかりのジハード軍隊でオナニーに明け暮れながら、やがて来るエクスタシーを待ちわびる。実はこれが過激派が自爆テロ行為をする背景にあるとも言われている。だって自爆=自らを犠牲にして信教を貫く行為だからだ。

ところがイスラム過激派はまったく気付いていないのだが、ムハンマドが自分の前の預言者としたイエスの教え=ムハンマドも認めるイスラム教公認の考えでは、自殺者はそれまでのあらゆる善行も関係なく、無条件に地獄行きである。しかもまったく救いが無い。

性生活[編集]

モーセシナイ山で入手した十戒には第7項に「汝姦淫するべからず」との記載があるが、ユダヤ教の性生活は意外に寛大である。セックスする行為やその衝動は自然なものであって、逆にセックスには必ず快楽が伴わないといけないし、夫婦間のセックスは奨励されまくっている。が、宗派によってはオナニーセックス行為を無駄に行うこととして禁止されている。

キリスト教ではむしろモーセの十戒に正直である。キリスト教での旧約聖書における司法律法では、処女でない女性というだけで死刑である。同じく男女間の不倫ホモも死刑である。イエスによれば異性とセックスしたいと思って見ただけでも罪であり、厳しいったらありゃしない。当然だが写真や雑誌を見ながらオナニーする行為も同様である。もちろんどんなにその日が近くても結婚前にセックスなんぞした日には飛んでも8分歩いて5分である。こんな戒律だれも守ってやしないなんてことはバチカンだって知っているが誰も気にしない。その証拠にキリスト教の死後の世界感を植え付け、布教に大いに貢献しているハリウッドで、多量の健全なセックス描写入りの映画が創作されている。

イスラム教社会ではハーレムに象徴されるように男性天国であり、女性にはとても辛い性生活が待っている。女性が結婚前にセックスしたり、婚外者とセックスしたりすると、「名誉の殺人」という名目で旦那や父親や兄貴から殺される。もちろんレズも同罪である。イスラム教とは無関係ともされているが、北アフリカ地域のイスラム教国家では、クリトリスそのものを少女期に切除する「女子割礼」なる儀式もある。さらに一夫多妻制なので日々源氏物語の登場人物の気分である。これは元々ムハンマドを擁して戦った二回の戦争で多量に出来た未亡人の人権確保のための方策だったとされるが、現在ではただのお察し下さい。

またイスラム教では女性の結婚は9歳からできる。これはムハンマドが妻アイーシャと結婚してセックスしたときのアイーシャの年齢に由来する。ロリコンが公認されている状況である。この点でもイスラム教と源氏物語の共通点を指摘する研究者も多い。

三兄弟をめぐる諸問題[編集]

元来仲良し団子三兄弟であるべき三者が過激な戦闘状態にある原因はお察し下さいである。これを解決するすべはアルマゲドンの到来くらいである。北朝鮮ではこのアルマゲドンを実現すべくテポドンが開発されている。ちなみに北朝鮮ロシアの援助を受けて核兵器の開発に余念がなく、その技術をイスラム原理主義の巣であるイランと共有している。さらに2010年から勃発した北アフリカおよびアラビア半島における独立民主化運動アラブの春で、各国の独裁政権下にあった軍資金が、アルカイダおよびその下部組織を名乗る多数のジハード団体に流れ込み、北朝鮮⇔イランの武器を買いあさり、アメリカとその同盟国(キリスト教国ばかりではなく、いちおう仏教国の日本を含む)に対して、人質テロやプラント爆破計画などを企てた。

2013年にアルジェリアで起こった天然ガス採掘プラントの襲撃事件では、イスラム教政権は人質のキリスト教徒仏教徒は死んでもかまわないから、テロリストを叩き潰せとばかりに、各国首脳の「人命優先」の要望も無視して、人質もろとも爆撃した。ここに至ってイスラム政府VSイスラム過激派という構図も浮かび上がり、さらに泥沼化しているといえるが、哀れなのは「必要とされたらどこでも行く」と、イスラム諸国の発展のために孤軍奮闘してきた日本企業の企業戦士たちである。北アフリカからアラビア半島にかけて、三井化学、石川島播磨重工業、日揮などなど、日本の企業は多大なる投資をしてきたが、イスラム教徒からみれば所詮「異教徒」であり、ジハードで殺してかまわない存在であることがはっきりした。

ジハードによる侵略は、過去東南アジアで仏教やヒンドゥー教を滅ぼしたこともあり、いまさらなのだが、三兄弟だけの喧嘩では済まなくなってきている。

この節にはユーモアが不足しています。君の愛情が必要です。
馬鹿にならないようにだけは気をつけましょう