ウィキペディアにおけるインターン制度をめぐる議論

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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独自研究:この記事や節の内容は独自研究であるとする見方もあるようですが、ここアンサイクロペディアで笑いを取るためには自分のアイデアを記事に注ぎ込む事が不可欠です自己言及的なページにならない程度に我が道を突き進んでみてください。

ウィキペディアにおけるインターン制度をめぐる議論は2009年11月から12月にかけてWikipedia‐ノート:管理者/インターン制の提案で議論された。

管理者のインターン制度とは、管理者をインターンとして採用し、一定期間の間、他の管理者よりはクビにしやすくした制度だ。管理者の門戸が広がると言う利点がある[要出典]一方、問題利用者が管理者に採用される危険性[要出典]もはらんでいる。

我々アンサイクロペディアはのび太制度という管理者インターン制度を持っているが、ウィキペディアにおいては導入さえされていない。これはアンサイクロペディアンはウィキペディアンより聡明である証左と言えるだろう[要出典]

なお、アンサイクロペディアにおけるインターン制度は形骸化しているとの主張もある[要出典]が、その反面、三か月で管理者になれた人がいるように管理者を登用しやすい制度だとする主張もある[要出典]

もちろん、アンサイクロペディアにおいても様々な紆余曲折を経てインターン制度を成立させたのだが、ウィキペディアで制度を成立させるには常人以上の力が必要になる。なぜなら、ウィキペディアはアンサイクロペディアに比べて参加人数が多く、その分反対意見が多数出る[要出典]からだ。アンサイクロペディアは民主主義的な投票[要出典]によってほぼ全てが議決[要出典]されると言っても過言ではないから、数の暴力を使用する事も可能だ。が、ウィキペディアではなるべく中立性を保つために全員合意を得る事が望ましいとされている。これがさらに議論を複雑化・長期化している。

もちろん、インターン制度に関して反対意見も出されるが、反対の多くがインターン制度の趣旨自体理解していないか、中にはトンチンカンな意見を持ちだして反対する者がいる。全員の合意を得るためになまじ無視する事は出来ない。トンチンカンな反論されたら、トンチンカンな返答をするか、インターン制度の基本を一から説明するしかない。だが、それでもまだ納得しなかったら、根気強くまた同じ事を言うしかない。そう、Wikipedia:合意形成とはアホな反論が一つ出されるだけでたちまち議論が停滞してしまう危険性をはらんだ制度なのだ。

なぜ難航するのか[編集]

以下の点があげられる

  • 有力利用者の反対
  • インターン制度に対する無理解
  • トンチンカンな反論
  • 意味不明な意見

最後の2点は普通無視してもいいのだが、合意を形成するためにはなまじ相手にしなければならない。

有力利用者の反対[編集]

インターン制度の導入が難航しているのは「有力利用者」が制度導入に反対しているのだ。もちろん、有力利用者も人間である以上間違いを犯す。有力利用者だからと言ってえらいわけではない。だが、有力利用者の厄介な点は、有力であるために無視すると色々と厄介であり、彼らから合意を得るのは必要不可欠なのだ。有力利用者が複数反対した場合もう議論が進まなくなる。

インターン制度を反対する人たちの意見を挙げてみよう。ほぼ原文まんまコピーした。GDFL違反にならないように以下は引用とする。

  • 現行の信任基準を満たせない「適性が低い」とみられているユーザーに管理者権限を与えるのはリスクが大き過ぎます。
  • 「選考プロセスにおいて判断材料が不足であったとしても管理業務に従事する人員を増やすこと」だから

もちろん、この意見の突っ込みどころは満載だ。まず彼らウィキペディアンに「何か」が抜けている。それは、彼らはインターン制度を根本的に理解していない。「適性を見るため」にインターン制度を導入するのに「適性が分らない人を管理者と同等の権限を持ったインターンにするのは危険」と主張している。だ・か・ら、どこの馬の骨か分らないからインターンと言う名の身分なんですよ。まさに、本末転倒だ。

インターン制度導入には二つの理由がある。一つは、信任投票だけで適性が分らないから。もう一つは、その為に管理者任命に反対票を投じる利用者を減らすために提案されている。つまり、利用者の管理者適性を知るためにインターンを導入するのに、有力ウィキペディアンは適性が分らない利用者に安易に管理者権限を渡すのは危険だと考えている。そんな事言い出したら、新しい管理者さえ任命できないじゃないか。そもそもウィキペディアンは適性なんてやらせてみないと分らない事さえ分らないのだろうか。そのくせ、有力ウィキペディアンはたった一回の信任投票で適性が見抜けると自負している。

このことからウィキペディアンは人間を見極める能力が非常に高いと自負していると推測される。

ウィキペディアンがそんなんだったら、インターン制度は要らない。絶対要らない。

トンチンカンな反論[編集]

上のようにインターン制度自体に対する無理解が議論の長期化を引き起こした。だが、制度と言うのは100%完璧なものではない。ある程度リスクや欠点も受け入れなければならない。

以下の反論は現行の信任投票制度にも当てはまる反論だ。

  • 50%以上75%以下の信任票ならばインターンとしてやらせて良いという信任合意という根拠が、どこから出てきたのでしょうか?

そもそも彼/彼女に管理者の信任基準である賛成数が75%の根拠を答えられるのだろうか。まったく、ナンセンスだ。もう一つ、トンチンカンなインターン制度に対する反論を紹介しよう。

  • インターン制度が終わるまで猫を被る可能性がある。

馬鹿か。そもそも、「猫を被っている」のは信任された管理者にも当てはまる話です。いっそのこと管理者に対してCU依頼させますか?

言っていること自体意味不明[編集]

  • 「そうかあ、なるほど、じゃあ見習いはやっぱり危ないので、監視を強化して、すぐ剥奪可能にしておくか。それなら文句はない?」というのであれば、また監視下における猫になる動機づけを与えることになり、インターン検証の機能不全につながる。振り出しにもどる。結局は任期制というシンプルなことをしないで、こういう複雑な付け足しルールをしたから、その余剰部分から原理的に創発される余剰の問題の処理、リスクに対峙せざるを得ない。それを解決しようとすればまた新しいパッチの追加を余儀なくされて、ルールが増えて複雑性がまし、またそれについて、。。。と負のスパイラルになる。

言っている意味が分らない。彼の意見の意味が分った人がいたら、ここに是非書いてください。少なくとも著者は全く分からない。だが、合意を得るためには、こういう反論に対しても高い読解能力を持って反論するしかない。ちなみに、彼はルールの複雑化について述べたが、ウィキペディアの場合、もう後戻りできない地点にまでルールが多岐にわたり複雑化している。残念だが君。ウィキペディアはもう負のスパイラルに突入している

この様に、実はインターン制度導入に関する議論ではこのように言っている意味自体よくわからない意見がかなり多いのだ。反論する側は必然とトンチンカンな回答を示さざる負えない。その他トンチンカンな反対意見を列挙してみた。

  • 「インターン=半人前」という新しい身分の発明。管理者という身分、権限の階層化、多層化。インターンにふるい落とす選考基準の複雑性。半年インターン潜伏して、正規管理者になったら、豹変するかもしれないので、いずれにせよ、そこで1回きりの判断をコミュニティは強いられるわけです。それに、フル権限付与するのか、限定するのか、を正しい根拠もわからずに合意しなければならない。限定権限ならば、フル権限での振る舞いはコミュニティはインターン期間中に検証できないですよね?「インターン管理者ならば賛成票」という発明もあるし、「フル管理者でも賛成」50%-75%のレンジならばインターンとか、もうわけがわからない。

話を訳分からなくしてのはお前だ。頼むから、2万バイト級の反論を書くなら黙ってくれ。制度の煩雑さと言う点に関しては大丈夫だ。われらアンサイクロペディアンが使うのび太制度は思ったより運用は簡単だぞ。

  • インターン制度みたいなものすごい制度改革を拙速にやってまで管理者を増やさなければならないような状況にあるのか。おれは、そんな状況はないんじゃないかと思うんだよなあ。(中略)道路の渋滞なんかを想像してくれるとわかりやすいかも。トラフィックニーズが道路容量を越えているときにどの程度の渋滞になるかというのは、渋滞参加者の合意が成立して決まるものではないわけです。しかしまああまりに混むところはみんな避けたり別手段を取ったりするわけで、短期的あるいは突発的な渋滞は別論だけれども、まあまあある程度の範囲で安定するわけです。

以降、彼はアナキストな意見を言い続ける。だったら昔のアンサイクロペディアみたいにお札降り式に管理者権限を与えればいい。つまり、ビューロクラットの自由裁量で管理者にすればいい。だが、こんな奴と相手にした人があまりにもかわいそうだ。

結局、インターン制度は?[編集]

こうして、うやむやになったまま終息している。インターン制度賛成派の拙速な議論進行にも否がある。だが、反対している人も対案を示せているわけではない。

ウィキペディアンは管理者が不足しているという認識は共有しているのに、その解決策としてのインターン制度を見事棒に振ったのだ。

そう、彼らは一歩も踏み出す勇気がないくせにジタバタ苦しんでいるのだ。まるで混迷する日本の政治だと言っても過言ではない。いや、彼らは今日本が陥っている停滞感を迫真の演技を持って、我々に対して表現してくれているのだ。

アンサイクロペディア的には、そのままの方がウィキペディアが苦しむ様を観察する方が絶対イイ。なぜなら、アンサイクロペディアンは馬鹿なウィキペディアンを馬鹿にするのが趣味だからだ。

結論:ウィキペディアンは保守的な馬鹿である。

関連項目[編集]