エリコンFF 20 mm 機関砲
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
~ エリコンFF 20 mm 機関砲 について、海原雄山
エリコンFF 20 mm 機関砲とは、大日本帝国とかいう国がにっくきアメリカ軍をぶっ飛ばすためにス〇スのクソの山から拾い出した武器を改造して作ったもんである。
すごいだろ、えっへん。
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[編集] 発見
大日本帝国は卑怯な軍事力をもつメリケンどもに対抗するため、新たな戦闘機を開発した。その名も「三菱零式艦上戦闘機(さんびしれいしきかんあげいくさとうき)」である。その設計者である堀越でんじろう先生は、「もっと強い武器が積みたい」と思ってスイス旅行に出かけた。そこでブランコに乗るアルプスの少女を見つけると、彼女は、「そこのクソの山にかっくいい武器があるべ」と答えてくれた。そのクソの山はアルプス山脈に連なる鋭鋒だったのであるが、でんじろう先生はお得意の科学の実験コーナーでスイスの農民を煽り、三日で掘り出した。
それこそがエリコンFF 20 mm 機関砲であった。でんじろう先生は
「こっ、こんなクソまみれのぶっ、武器なんて、絶対使わないんだからねっ!」
とわめいて農民たちにあげてしまった。しかし後からやっぱり欲しくなったでんじろう先生は、
「どっ、どうしてもっていうなら、使ってあげても、いいけど・・・。」
とこっそりパーティーをしていた農民の家から持ち去った。 スイスではその日を現在でもこ国恥記念日とし、毎年日本へ不幸の手紙、ストーカーを送り込んでいる。
[編集] 実用化に向けて~開発チームの分裂
でんじろう先生はクソまみれのエリコンFF 20 mm 機関砲を日本の研究室へ持って帰り、研究しようとするのだが、心ない一人の開発員が、
「そんな臭いもん持ってこないで下さいよ~(スイーツ(笑))」
と馬鹿にしてしまった。これにでんじろう先生はブチ切れたが、他の研究員もそう思っていたので、でんじろう先生は一人で開発することになってしまった。
[編集] 世界史上最強最悪の武器(プルトンでは無い)に
でんじろう先生は悲しかった。しかし彼はその悲しみから一つのアイデアを考え出した。
「クソまみれなんだから、クソ飛ばせばええやん!!」
この彼の一つのアイデアが後に世界の絶望を生みだすのであるが、彼は知る由もなかった。
なんだかんだで20㎜のクソを飛ばす機関砲、エリコンFF 20 mm 機関砲はさっき言った三菱零式艦上戦闘機(さんびしれいしきかんあげいくさとうき)に取り付けられ、まず中国戦線で戦った。中国軍は古来より使われているラーメン砲(ラーメンマンやワンゼは関係ない)で日本軍の爆撃機をたたき落としており、牟田口廉也、辻政信をはじめとする日本軍の馬鹿勇猛な将軍たちを逃げ腰にさせていた。
しかし、エリコンFF 20 mm 機関砲を装備した三菱零式艦上戦闘機(さんびしれいしきかんあげいくさとうき)が実戦参加すると、彼らのラーメン砲が意味をなさなくなった。クソの入ったラーメンなど誰も見向きもせず、よそ見して墜落する機が減ったのである。中国軍はこうして中国から追い出され、国民党・共産党ともども、台湾で仲良く暮らすことになったのである。
[編集] 大東亜戦争初期の栄光
にっくきアメリカ相手に戦った大東亜戦争でもエリコンFF 20 mm 機関砲は勇戦敢闘した。以下に主な戦績を記す。
- 真珠湾攻撃において米戦艦「カリフォルニア」「ペンシルヴァニア」を僅か一発のクソで撃沈。
- マレー沖海戦で英東洋艦隊司令官、フィリップス中将を狙撃、暗殺する。その際操縦していたのは松永久秀であった。
- シンガポールを爆撃、陸軍が苦戦する中、敵要塞を粉砕。
- インド洋で「ハーミズ」を空襲、ハーミズ乗組員は臭いによって討ち死に。
- ミッドウェー海戦で空母「飛龍」所属機がヨークタウン撃沈。
- エリコンFF 20 mm 機関砲の理論を応用した試作魚雷によって米空母「ワスプ」撃沈。発射した潜水艦艦長も、「変な臭いのする魚雷」程度にしか思っていなかった。
- ブーケンビル島上空で山本五十六長官を護衛中、敵機を撃退するものの、流れグソが長官機に命中、臭いによって山本が戦死。
[編集] 山本の死と栄光の終わり
山本長官がクソによって戦死したことは海軍上層部に大きな衝撃を与えた。山本の戦死が半年以上遅れたのはこれが理由である。山本が優秀だったわけではない。
ともかくも連合艦隊司令長官である山本を誤射とはいえ射殺してしまった事は大きく、海軍はアメリカ軍と直接コンタクトをとり、山本は情報漏洩のために待ち伏せに遭い、戦死した、と正史では語られるように情報操作を行った。
この後、同様な事件が起きぬよう海軍はエリコンFF 20 mm 機関砲の生産中止、全軍からの回収を命じ、エリコンFF 20 mm 機関砲の設計図は破棄された。前線では急に機関銃を回収をされたため、日米の航空戦力は一気に米側へ傾き、非武装の三菱零式艦上戦闘機(さんびしれいしきかんあげいくさとうき)は体当たりによる攻撃をする他なくなってしまった。これが後世でいうエクストリームスポーツ、「エクストリーム・特攻」「エクストリーム・神風」の起源となった。
ともかくもこうして世界史上最悪といわれた超兵器、エリコンFF 20 mm 機関砲は闇に葬り去られ、通常の機銃であったかのような記述がなされるようになった。
[編集] 後世の評価
後世におけるエリコンFF 20 mm 機関砲の評価は前述したように、通常の機銃であったかのよう語られるようになり、現在でもその実情に則した評価がされているとは言い難い。エリコンFF 20 mm 機関砲について深く研究しているA氏は、
「もし大戦終了時までエリコンFF 20 mm 機関砲が使用されておれば、米軍のヘルキャット、レーダー、原爆、VT信管など何の役にも立たなかっただろう。マリアナ・レイテではアメリカ軍将兵は臭いによってのたうちまわり、その臭いによってソ連・ドイツは勿論、全世界の民衆は日本に臭いによる服従を強いられ、大日本共臭圏が展開されていたはずだ」
とアンサイクロペディア取材陣に語った。
[編集] 伝説
エリコンFF 20 mm 機関砲はその残虐性から、いままでKGB、CIA、MI6など、世界各国の諜報機関がこの兵器を自らの手に入れようと奔走した。この奔走が現在でいう「冷戦」であり、その熾烈さを描いたものが「007」「ミッションインポッシブル」などのスパイ映画として人気を博した。
北朝鮮では核を放棄する代わりにエリコンFF 20 mm 機関砲を保有し、アメリカへの牽制しようとする意見が大きく、アメリカを半世紀前の忌まわしい記憶で脅迫している。また、ジョージ・ブッシュ前大統領はイラクがエリコンFF 20 mm 機関砲を保有している、という疑いでイラク戦争を始めるなど、エリコンFF 20 mm 機関砲は闇に葬られて半世紀経った今も、世界中に戦争の火種をまいているのである。