オドーネ夫妻

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オーギュスト・オドーネAugusto Odone 1933年5月4日- )、ミケーラ・テレサ・マーフィー・オドーネMichaela Teresa Murphy Odone 1939年1月10日2000年6月10日)は、新興宗教ミエリンプロジェクトの代表者にして開祖、および20世紀アメリカを代表するモンスターペアレントとして恐れられた夫婦である。自身の息子であるロレンツォ・オドーネ(Lorenzo Odone 1978年5月29日2008年5月30日)の引きこもりを教育者や医者の責任として各方面に抗議活動を繰り広げ、最終的には国際的な学会会議にまで口を出すなど多方面に迷惑をかけて回った。

経歴[編集]

始まり[編集]

銀行員のオーギュストと、その妻ミケーラは共にイタリア系アメリカ人。オーギュスト45歳のとき、待望の長男ロレンツォが誕生するが、後にこの少年を巡って医学会は夫妻の横暴に晒されることになるのであった。

ロレンツォ少年は当初何事もなく成長していたが、5歳頃からおかしな行動を取ったり、学校で暴れるなどの事態を引き起こすようになった。これに対して学校側からは「彼はあれなので、特殊学級に転籍することを勧める」と夫妻に通達したが、我が子を馬鹿にされたと夫妻は激怒、以後20年以上におよぶ壮大なモンスターペアレントサーガの始まりとなるのであった……

医学に噛み付く[編集]

夫妻はロレンツォを学校から引き取り、以後自宅で教育するようになった。ロレンツォもこの父母からの教えを一身に受け、見事な引きこもりへと成長していった。

ロレンツォが引きこもりとなる原因を作った夫妻であったが、彼らは自分の責任であるとは認めることが出来ず、これを何らかの病気であると考えて医師を探した。ガス・ニコライス医師は副腎白質ジストロフィー(通称:AED)という脳神経疾患に関する研究の権威であったが、ある日訪ねてきたこの夫婦に「うちの子の頭が弱いのは、脳の専門家であるあなたの責任だ」と詰め寄られ、半ば脅迫される形で診療を行うことになった。

ニコライス医師はとりあえず、夫妻に食餌療法による長期的な解決法を提案した。夫妻はこれを受け入れて実践し、ある程度納得していった。これによってニコライスの平穏は取り戻されるかに見えたが、数週間して再び夫妻はニコライスの元へと怒鳴り込んだ。ロレンツォがなおもあれなままだったからである。

ニコライス医師は夫妻をなだめるために、同じようにあれ子供を抱える親による支援団体を紹介する。当初はこれによって落ち着きを取り戻していったが、子供のあれ具合を改善する手段になり得ないと見破られ、夫妻は支援団体にも噛み付くようになった。

オドーネ夫妻はニコライス医師を見限り、遂には自身の手で解決法を探すようになった。その鬼気迫る執念からあらゆる医学文献あるある大事典を読み漁り、自分たちに都合のいい記述を逐一抜粋、そこから夫妻独自の医学論を完成させた。そして、これの実践と医学会での発表は案の定ニコライス医師に任せられ、さらにニコライス医師を困らせることになった。

怪薬を求めて[編集]

ロレンツォのあれあれなままであることに業を煮やした夫妻は、次第に今の医学には限界があると見て、黒魔術に傾倒するようになってきた。

夫妻は図書館に埋もれた資料を引っ掻き回し、その奥底に眠っていた何かやばそうな書物から彼らの考えに適った薬品に関する記述を発見、狂喜乱舞してその薬品の精製をニコライス医師に申し入れた。しかし、(少なくともその場だけは)敬虔なプロテスタントであったニコライス医師から宗教上の理由で断られるのであった。

手段を失った夫妻は考えた末に、自身の考えを提唱できる独自の結社を結成することを思いついた。かくしてオドーネ夫妻の出資の元、一流大学出の科学者を構成員として寄せ集め、宗教法人「国際AEDシンポジウム」を結成するに至った。ニコライス医師が全力でさじを投げるなか、彼らは「オリーブオイルからを搾り出して飲ませれば改善する」というなんだかよくわからない結論を導き出し、すぐさま食用油の工場に押しかけて精製させた。

しかしこの薬品は思ったほどの効果を挙げず、またしても彼らを苛立たせた。その怒りは時にニコライス医師、時に支援団体、時に家族と諍いを起こし、また頼んで雇ったはずの看護士もムカついたら即刻クビにするなど狂気溢れる行動に彼らを駆り立てていた。この頃の彼らのSAN値を計測するものは誰もいなかったが、測るまでもなかったので測らなかったのであろう。

ロレンツォのオイル[編集]

夫妻はなおも新しい解決の糸口を探し続け、その末に「毒を以って毒を制す」という理論にたどり着いた。それはエルカ酸[1]という心臓疾患の一因となる危険な脂肪酸のことで、本来はアメリカ国内では製造が禁止されていたものであった。

さすがに世界の警察が相手では敵わないと見た夫妻は、国外でこの「人間に飲ませる目的の薬」の精製を行ってくれる同志を募った。世界中の科学者が「きがくるっとる」「お察し下さい」と否定的な返事を返していったが、イギリスのとあるおじいちゃん(ドン・サザビー)が老後の暇つぶしにこれを快諾してしまった。[2]

完成したエルカ酸を受け取った夫妻は大いに喜び、これをオリーブオイルに混ぜてロレンツォのから流し込んだ。これが1週間以上続けられた。夫妻曰く、このオイルはロレンツォのあれに役立ったと「成功」を宣言、この宣言と新理論を支援団体の会員に吹聴して団体を切り崩したり、そのとばっちりをまたしてもニコライス医師にぶつけさせたりするなどして、それまでの鬱憤を晴らしたのであった。

このような夫妻の奇行に振り回されたロレンツォ少年を称え、例の毒入りオイルは「ロレンツォのオイル」と呼ばれるようになりましたとさ。めでたしめでたし。

その後[編集]

ちなみに、夫妻の称する「成功」以後もロレンツォは引きこもりを続け、30歳のときに肺炎で亡くなるまで家から出ることはなかった。

オドーネ夫妻は例の「成功」宣言以後、新たな宗教法人「ミエリンプロジェクト」を設立し、世界規模での信者の獲得・寄付の募集を行っている。ミケーラは2000年6月10日に肺癌で他界しているが、オーギュストは現在も同法人の代表者を続けている。

脚注[編集]

  1. ^ 主に菜種油に含まれている脂肪酸。イエローモンキーは耐性があるので平気で食べるとされているが、神の子である白人にはそれらに対する免疫が薄い、のかもしれない。現在の菜種油(キャノーラ油)はエルカ酸をあまり含んでいないとか言われているが、そんなこたぁない。たぶん。
  2. ^ その後も暇だったのか、この騒動の記録映画にも本人役(himself)で出演している。