カート・ヴォネガット・ジュニア

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カート・ヴォネガット・ジュニア(Kurt Vonnegut Jr. 1922-2007)は、アメリカ作家である。彼は自分の作品の出来に決して満足しなかった。しかし、キルゴア・トラウトの作品のように、ポルノ写真のついでのような扱いもされなかったし、この記事のように、作者に見切られることもなかった。

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Chapter 1[編集]

⇒最初に言っておく。この記事はクソ記事ではない。クソならまだ利用価値がある。 この記事はけつの穴だ。それはこんなふうだ。

あす.gif

この記事はけつの穴だが、カート・ヴォネガット・ジュニアはそうではない。キルゴア・トラウトは生涯に209のSF小説を発表し、洗剤を飲んで死んだが、SF作家として世に知られることはなかった。一方、カート・ヴォネガット・ジュニアは14の長編といくつかの短編やエッセイや戯曲を残し、階段から落ちて死んだ。彼は著名な作家であり、多くの同業者に影響を与えた。村上春樹は彼の模倣から始めた。つまり、彼もまたへたくそな絵をマウスを使って描いたのだった。

Chapter 2[編集]

カート・ヴォネガット・ジュニアの所属する国の国歌は、疑問符だらけだった。建国者はラテン語の教養をひけらかすへっぽこ詩人だった。そして国旗は、こんなふうである。

Flag of the United States.svg.png

この国の教師たちは、ある数字を何度も黒板に書き、誇りを持ってそれを覚えるよう生徒に強いた。そしてそれは、その大陸に何年も前から住んで充実した暮らしを営んでいた人々が、海を越えてきたチンピラどもに虐殺され始める年を表していた。カート・ヴォネガット・ジュニアは、これを悪質なたわごとと言った。

一方、東の端の島国の教師たちも、生徒にある年代を覚えさせた。それはある古代都市の成立した年であった。マス目状の配置は中国からの借り物で、一部は湿地の上に無理やり造られたためしじゅうジメジメして、貧困と疫病が蔓延していたが、それをも喜びをもって覚えられるべきものであるようだった。それはこんなふうだ。

なんと」(710立派な平城京。良い勝負だ。

Chapter 3[編集]

⇒カート・ヴォネガット・ジュニアは、自分の所属する国の爆撃機が、負けるとすでに決まった国一都市を、完膚なきまでに破壊するのをじかに見た。芸術的な街並みが崩壊する音を、屠殺場のような建物の下で聞いた。戦争が終わった後も、彼の所属する国の国民は、フットボールなどの戦争ゲームを嬉々として行った。

恐竜は汽車ポッポに匹敵する大きさの爬虫類で、エンドウ豆くらいの小さな脳みそを頭と尻とに二つ持っていた。それはこんなふうだ。

原著ではステゴサウルス

肉食である。カート・ヴォネガット・ジュニアの国の国民もそうだ。


⇒彼らはある動物を多数飼育していた。一頭でも十分事足りるが、二頭になると素晴らしいジョークの種になるようだった。牛二頭、それはこんなふうだ。

きみうしにとう.gif

この動物を殺し、を挽いて、円盤形に焼き固め、パンの間に挟むと、カート・ヴォネガット・ジュニアの国の国民のもっとも好む食べ物になる。それはこんなふうだ。

バーガーふたつ.gif

牛二頭、それがなぜ素晴らしいジョークになるのか、本当のところ誰も知らなかった。オスカー・ワイルドについても同じだった。『ドリアン・グレイの肖像』や『サロメ』を手に取ったことはなかったが、みんな嬉しそうに「語録」を書いた。その多くはデタラメだった。ここでまたけつの穴の絵を披露したい。

あす.gif

Chapter 4[編集]

⇒わたしはこのけつの穴のような記事を仕上げるまでに一週間費やした。その時間は戻らない。だが時々考える。人生の目的は何だろう?

 What is the purpose of life?

そして今この記事を最後まで読んで、わたしと同じ気持ちを味わっているあなたに私は何ができるだろう?

こんなとき、わたしの国では昔からある素晴らしい方法が採られている。それはこんなふうだ。

土下座