コンクラーヴェ

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コンクラーヴェとは、古代中国を起源とする、権力者を選出するための方法の一つである。 外来語を正しく発音できない民族の多い極東の島国においては、誤って「根競べ」と呼ばれる事が多い。

起源[編集]

古代中国の殷の紂王は天下に広くその威光を知らしめ、西方のローマ教会とも緊密な関係を築いていた。あるとき、殷の都、商邑に法皇の重篤であるとの知らせが届く。当時のローマ教会の基盤は磐石ではなく、法皇が後継者を指名しないまま死去した場合、すぐさまローマ教会は分裂し、内乱状態になることは明らかであった。名君であった紂はすぐさま西方への親書をしたため、「仮に法皇が死んだとしても、次の法皇を選出する際に、過半数を得票するまで何度も投票を繰り返せばよい。その間、互いに根回しし、混乱を最小限度に抑えつつ権力の移譲を図ればよいだろう」という趣旨の内容であった。

ところが、この親書の事務処理は妲己の担当であった。妲己は親書の最後に「死んだ者だけが天へ行けると聞いているが、当選した者もその場で焼身自殺すればよいのではないか。遺体を材料に酒池肉林を作り皆に振る舞うと結束が深められるだろう。」と勝手に書き加えた。親書がローマに到着するやいなや、教皇は死去した。悲しみに暮れていた教会関係者には後追いで殉職を望む者が多く、末尾の提案事項に疑問を抱くものは誰一人としていなかった。紂と妲己の妙案により、ローマ教会の分裂の危機はこの時は未然に抑えることができ、また後の法皇選出の方式としても採用された。現在もこの方式はローマ教会で用いられている。焼身自殺を遂げ天に召されたことは、外の煙突から煙が出ることによって確認できる。だが不幸な事に、こうした歴史と真実は300人委員会によって闇に葬られている。

教皇逝去[編集]

教皇の逝去はカメルレンゴといわれる枢機卿が決定する。カメルレンゴは教皇が危篤状態に陥り、助かる見込みが無さそうだと判断した際に、金属製のハンマーで教皇の頭をぶん殴りとどめを刺す。これは無駄な苦痛を最低限にする、慈悲の精神から行われる伝統である。

カメルレンゴは教皇を死なせると、血まみれのハンマーを振るって、教皇が生前に愛人からもらった指輪を叩き壊す。これは教皇の女性関係を清算して、後に火種を残さず故人の名誉を守ろうという、思いやりの仕組みである。この慣習の起源は、教皇アレクサンデル6世が遺言に「私が死んだ際には、存在するとマズい物を破壊しておくように。あと隠してあるエロ本は燃やしてくれ」と書いていたので、それに従っていろいろと始末したことが由来である。

式次第[編集]

教皇を選出する権限を持つ枢機卿は、新しい教皇が決まるまで、外部と完全に遮断された特別室に監禁される。始めに助祭枢機卿の最年長者による講話がおこなわれる。内容的には「校長先生のお話」のロングバージョンで、聞いた者はあまりの退屈さに、死にたくなる。司祭枢機卿の最年長者による講話がおこなわれる。聞いた者はあまりの退屈さに、更に死にたくなる。司教枢機卿の最年長者による講話がおこなわれる。聞いた者はあまりの退屈さに、ますます死にたくなる。これらの嫌がらせに耐えられなくなった者達があらかた自殺してしまうと、生き残りから教皇がすんなり決まる。

参考文献[編集]

民明書房刊 「知られざる古代中華帝国」(ISBN 6672223385

関連項目[編集]

Wikipedia
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