コンクラーヴェ
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
コンクラーヴェとは、古代中国を起源とする、権力者を選出するための方法の一つである。 外来語を正しく発音できない民族の多い極東の島国においては、誤って「根競べ」と呼ばれる事が多い。
[編集] 起源
古代中国の殷の紂王は天下に広くその威光を知らしめ、西方のローマ教会とも緊密な関係を築いていた。あるとき、殷の都、商邑に法皇の重篤であるとの知らせが届く。当時のローマ教会の基盤は磐石ではなく、法皇が後継者を指名しないまま死去した場合、すぐさまローマ教会は分裂し、内乱状態になることは明らかであった。
名君であった紂はすぐさま西方への親書をしたため、「仮に法皇が死んだとしても、次の法皇を選出する際に、過半数を得票するまで何度も投票を繰り返せばよい。その間、互いに根回しし、混乱を最小限度に抑えつつ権力の移譲を図ればよいだろう」という趣旨の内容であった。
ところが、この親書の事務処理は妲己の担当であった。妲己は親書の最後に「死んだ者だけが天へ行けると聞いているが、当選した者もその場で焼身自殺すればよいのではないか。遺体を材料に酒池肉林を作り皆に振る舞うと結束が深められるだろう。」と勝手に書き加えた。
親書がローマに到着するやいなや、教皇は死去した。悲しみに暮れていた教会関係者には後追いで殉職を望む者が多く、末尾の提案事項に疑問を抱くものは誰一人としていなかった。紂と妲己の妙案により、ローマ教会の分裂の危機はこの時は未然に抑えることができ、また後の法皇選出の方式としても採用された。
現在もこの方式はローマ教会で用いられている。焼身自殺を遂げ天に召されたことは、外の煙突から煙が出ることによって確認できる。だが不幸な事に、こうした歴史と真実は300人委員会によって闇に葬られている。
[編集] 参考文献
民明書房刊 「知られざる古代中華帝国」(ISBN 6672223385)