コンゴ民主共和国

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コンゴ民主共和国
République Démocratique du Congo
国の標語 : 人権、なにそれ、おいしいの?
コンゴ民主共和国の位置
公用語 おフランス語
首都 キンサシャ
最大の都市 不明
首都機能分割都市 不明
指導者 不明
元首 不明
首相 不明
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第11位
xxx,xxx平方km
XX
人口
 - 総計(XX年
 - 人口密度
世界第XX位
xxx,xxx人
世界第xx位
x人/平方km
政府 不明
国民的な英雄 不明
独立 1885年ベルギーより
通貨 不明 (通貨コード不明)
時間帯 UTC +1~2 (DST: 不明)
国歌 勃てコンゴ人よ
宗教 不明
国際電話番号 243

コンゴ民主共和国(-みんしゅきょうわこく)とは、アフリカの真ん中あたりにある、 割と面積が広い国である。アフリカは戦乱の絶えない国が多いが、なかでも言語道断のコンゴ動乱を起こした。

概要[編集]

先に言っておくが、コンゴ共和国とは違うので注意。名前が似ていて非常にまどろっこしいが、そもそも誰も気にしない。主な特徴として名前がころころ変わる国でもある。実際、旧名であるザイールといった方が人によっては通じる場合もある。ちなみに、渡航はおすすめできない。なぜなら治安が非常に悪いからである。詳しくは後述するが、幾度にも渡る内戦や虐殺により経済は崩壊しており、暫定政権が成立した今でも戦争状態が続いているという。特にコンゴ東部は常人が足を踏み入れてよい場所ではない。

歴史[編集]

  • 13世紀 - コンゴ王国が栄える。
  • 1885年 - 「コンゴ自由国」として、ベルギーの植民地となる。
  • 1960年 - コンゴ共和国としてベルギーから独立する。ところが、言語を絶するほどの内戦状態になり、この「コンゴ動乱」から「言語道断」の語が生まれたといわれる。
  • 1965年 - モブツ大統領の独裁が始まる。
  • 1967年 - 国名を「コンゴ民主共和国」に改称する。
  • 1971年 - 国名が「ザイール共和国」になる。
  • 1996年 - 第一次コンゴ戦争が勃発する。これによりモブツ政権が崩壊する。国名を「コンゴ民主共和国」に

変更する。

  • 1998年 - 第二次コンゴ戦争が起こる。戦闘や食料不足などにより、およそ170万人が死亡する(事実です)。
  • 1999年 - 停戦協定が結ばれるも、大統領がシカトしたため事実上は無効化した。(ちなみに大統領は2001年に殺害されている。)
  • 2002年 - 暫定政権が成立する。

国土[編集]

北部

赤道州

その名の通り、赤道の近くにある。
西部

バンドゥンドゥ州
バ・コンゴ州

東部

東部州

金鉱山などの天然資源が豊富。未だに虐殺やレイプが発生しており、数万人が難民となっている。

北キヴ州・南キヴ州

東部州と同じく大変なことになっている。
中部

西カサイ州・東カサイ州

南部

カタンガ州

資源が豊富で、熾烈な内戦が繰り返された。

内戦[編集]

前述の通り、この国では内戦によって虐殺が起こった。主な理由として、戦争中の敵対する両勢力ともが民衆を敵と見なし、虐殺していたからであるというから、民衆としてはいい迷惑である。まして政府軍までもが虐殺やレイプに加担していたというからもうどうしようもない。また、この国では女性の状態も悪かった。レイプはもはや日常茶飯事で、手足を切断される、目の前で家族や親戚を殺される、ナタで頭をかち割られるなど、それはもう物凄いことになっていた。アフリカらしいと言えばそれまでだが。それらをまとめたレポートはこちら

経済[編集]

内戦により経済は悲惨な状況に陥っている。実はコバルトきれいな石ころなどの鉱産資源が豊富に眠っており、それらを輸出すれば経済を立て直すこともできると言われている。しかしそれによって、新たな争いが起こる可能性もあるため(現に起こっているし)、開発はあまりすすんでいない。

関連項目[編集]