シドニー

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シドニー(英・Sydney)は、アメリカにもカナダにもあるが一応世界一最小の大陸であるオーストラリア南東部にあるニューサウスウェールズ州の州都である。人口は2010年時点で450万人を数えオーストラリア最大の都市ではあるが近々昔年からの最大のライバルであるメルボルンに再度抜かれる、一説にはすでに抜かれてる噂もある港湾都市。なお現地では「シドニー」よりも「シンニー」と言った方が通じが良いという噂もある。

オーストラリア最古の街[編集]

オーストラリア最古の街ではあるがオーストラリアでゴールドラッシュが起こった時、ニューサウスウェールズ州の南部に位置するビクトリア州の繁栄が凄くビクトリア州の州都メルボルンに追い抜かれた屈辱の歴史を持つ。

20世紀に入ると盛り返し再びオーストラリア最大の都市になるが1927年に正式に首都が決まるまでの臨時首都はメルボルンでありオーストラリア最古の都市でありながらオーストラリアの首都になることはなかった。

その後もずっとオーストラリア最大の都市の座に座り続けるもののイベントもビジネスの本社もメルボルンで行われる事が多く、シドニーはただただ観光都市でしかなかった。南半球初のオリンピックもメルボルンで1956年に行われシドニーがその屈辱を挽回するのは2000年まで待つしかなかった。

オリンピックで一気に中枢性を強める[編集]

2000年にオリンピックが行われた事をきっかけにオーストラリアは一気に経済が成長しシドニーはアメリカなどの海外事業の拠点となりオーストラリアの外資系企業もメルボルンからシドニーに本社を移行し中枢性を一気に強めシドニーはオセアニアのニューヨークと称されるようになった。物価や住宅地も高騰し街の近くに広々とした一戸建てのマイホームは夢のまた夢となった。

街の雰囲気もオーストラリア最大の都市でありながらイギリスの雰囲気は殆どなく、ニューヨークかサンフランシスコを思わせるアメリカ的な大都市になってしまった。それでいてシドニー人は自分達がアメリカ人に似てる事を極端に否定し白人ウエルカムを標榜しておきながら、その白人がアメリカ英語を話すアメリカ系白人だとわかると拒絶し追い出すというねじれ現象も起こっている。

そのせいもあってかシドニーよりもライバルのメルボルンへの移住者が非常に多くなり2037年には再びオーストラリア最大の都市はシドニーからメルボルンにその座を奪われると予測され他ではすでに人口はメルボルンの方が上回ってるとみる統計もある。

マルティグラ・ゲイ・フェスティバル[編集]

シドニーは入り組んだ入江の風景からサンフランシスコによく似た風景だと言われるが、ゲイの街としてもサンフランシスコに次ぐ規模の都市である。その中心はオックスフォード通りやキングクロス、サリーヒルズだとされ様々なゲイが集うこの世の楽園となっている。そして最大の象徴が毎年2月中旬から3月上旬に行われるマルティグラ・ゲイ・フェスティバルだろう。最大のゲイタウンのあるサンフランシスコですらその規模に比肩する祭りはなく世界中のゲイが集う世界一のゲイフェスティバルである。

しかし実際にはその前に行われるメルボルンのゲイフェスティバルであるミッドサマの参加者も引き続き参加してるものと思われる。しかし世界最大のゲイフェスティバルと言われながら参加するゲイは福岡の山笠に参加する男衆に、また参加するレズはリオのカーニバルに参加する女性達にセクシーさの面において大いに見劣りするとの評価もある。

白人よりも黄色人種が多い[編集]

悪名高い白豪主義がなくなると中国人を中心とする黄色人種の移住が急増し、またベトナム戦争からのベトナム難民も大量にオーストラリアのシドニーを始めとする都市に居住したため、白人よりも黄色人種の多い都市になってしまった。日本人だけでも相当数のようでシドニーの街を歩くだけで日本人と容易く遭遇し、シドニーへの語学留学は意味を成さずただ単に遊びに来てる遊学者が殆どである。韓国人に至っては売春目的で留学する女学生も多く、そのようなオーストコリア事情に南朝鮮本国は激しく嘆いてる模様である。

メルボルンとはSMしあう関係[編集]

先にも述べたがシドニーはメルボルンと交通面・企業面・運送面など様々な分野で二分しあう凌ぎを削る激しいライバル関係にあるが、その反面オーストラリアの多文化交流を促進しあったり、夏に何週間にも渡り、メルボルンではミッドサマ、シドニーではマルティグラという大規模なゲイフェスティバルを敢行させるなど最近は協力しあう関係にもなり改善の兆しが見えてきた。

しかし噂ではシドニーとメルボルンの関係は険悪なのではなく実はSMごっこをして楽しんでいただけなのではないか?とも言われるようになってきた。事実シドニーとメルボルンの激しいSMじみたやり取りや行為がオーストラリアを発展させ歴史を作ってきた節があるからだ。そういえばシドニーとメルボルンの頭文字はSとMであり、シドニーとメルボルンは宿命的にSMと縁があったという歴史家もいるほど。尤もシドニーとメルボルンに続く第3の都市でゲイ・バッシングの聖地でもあるクインズランドの州都ブリスベンなどは、シドニーとメルボルンをソドムとゴモラのような都市でいずれの天罰が下ると冷ややかに見ている。

関連項目[編集]


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