シャルリー

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「シャルリー」の項目を執筆しています。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「Je suis Charlie」の項目を執筆しています。

シャルリー(-)とは、2015年1月に世界中で急激に増えた人名である。もともとはフランスを中心に1月から増え続けていたが、数日の間に世界中に波及、一週間で世界中のシャルリーさんが集まる集会が行われるほどとなった。また、各国の有名人や首相・大統領らもその「シャルリー集会」に参加するなどし、もはやシャルリーの名は世界中に「この名前をつけろ」と押し付けているようなほどである。

経過[編集]

集会の様子。全員シャルリーという名である。

1月7日にフランスの風刺紙、いわばリアルアンサイクロペディアであるシャルリー・エブドが襲撃された。その翌日に、どこかのシャルリーさんが「私の名前もシャルリーだぜ」と笑いながら叫んだどころ、まるで伝言ゲームのように話が変わっていき、最終的には1月11日にフランスでシャルリーさんの集会が行われることとなった。どういうわけか各国首脳まで参加する大騒ぎとなり、その結果なんとパリの街などで合計370万人近くが集会に参加した。この会合に参加するために名をわざわざ変えたものもいたとしか考えられない多さとなり、シャルリーという名前の人間が世界中にいるということが明らかになった。

パリ以外の世界中でも集会は行われ、アメリカロシアなどでも行われた。なお、日本でも行われたが、日本に「シャルリー」などというDQNネームがいるわけもなく、参加者はせいぜいわざわざ改名したこんな人たちであった。

その後も集会などはちまちまと続いてきたが、襲撃された新聞社がムハンマドが「私はシャルリー」というボードを持った姿を掲載、ムハンマドが実はシャルリーという名前だったという驚愕の事実みたいなものを最後に、「お前のはデマだろ」と即時削除となり、日本ではその後万引きや、菓子に楊子を入れたと思ったら実は自分が買ったものだったという少年に振り回されたこともありあっという間に記憶から消し去られた。

類似[編集]

その2015年の1月に今度はイスラム国が「72時間以内に2億ドル(日本円で238億:当時のレート)を払わないと日本人を殺す」と発表。日本政府は金を払わなかったため日本人一人が死亡し、もう一人の人質の解放には日本で言うところの麻原彰晃のような凶悪犯を釈放する代わりに開放するという条件であった。そのことがイスラム国から発表された26日に日本人が「俺も健二(人質の名前)だぜ」と話したところ、また伝言ゲームの要領で・・・とはならなかったがFacebook上などで「私は健二だ」というボードを掲げる現象が発生したが、今度は海外にこんなガッチガチの日本人ネームがいるはずがなく、また二番煎じということもありいまいち広まっていない。

関連項目[編集]


この項目「シャルリー」は、執筆者がクラックをキメていた可能性もありますが、今はまだクソの山です。より愉快にしてくださる協力者を求めています。さぁ、これを見ているあなたも、恥ずかしがらずに書き込んでみよう! (Portal:スタブ)