ジャイアント馬場
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ジャイアント馬場(じゃいあんとばば)とは、新潟県にあった日本最大の競馬場。現在ではすでに閉鎖され、取り壊しも終わっている。
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[編集] 概要
209km2というとても広大な競馬場で、名前はニューヨークのビンス・マクマホン・シニアにより命名されたものを日本語化して採用した。もとは野球場(野球場当時の面積は203km2)だったが鉄骨の損傷により改築され競馬場となった。1960年の開場から38年の間に、実に5769回ものレースが行われ、大盛況を見せていた。また、1984年まで3000回以上ものレースがあったがその期間は一度もレースが中止されなかったという奇跡的な記録を残している。それもあいまって、日本人のみならず世界中の人にとっての名所として今も熱く語り継がれている。
[編集] 歴史
- 1938年1月23日
- 新潟県三条市、馬場正平(ばばまさだいら)に野球場としての建設が開始される。
- 1955年
- 野球場完成。少しずつその名をあげていった。
- 1960年
- 鉄骨が損傷して倒壊の危険があったため野球場の運営を中止。
- 1960年4月
- 競馬場として改築が開始される。
- 1960年9月
- 競馬場完成。その後アメリカの企業に何度も奪われそうになる
- 1963年
- 競馬場建設・設計者の力道山が死去。これによって運営側が立ち上がり、アメリカの企業から死守。無事日本のものとして守りきることに成功。
- 1985年7月
- このころから競馬以外のイベントが盛んになってくる。
- 1998年12月5日
- 老朽化で機能を失っていき衰退。この日はこの馬場最後のレースが行われた。
- 1999年1月31日
- 完全閉鎖される。
- 1999年4月17日
- 38000人が見守る中、取り壊しが行われた。
[編集] 追記
- 本当は競馬場ではなくプロレスのリングだったという説もある。馬場と呼ばれている以上競馬場なのだが、1984年以降は別のイベントに重点を置くようになり、競馬が前座扱いされ始めていたためプロレスの試合があったことを否定はできない。
- この競馬場はあまりに有名になり、擬人化されたこともある。それによって生み出されたキャラクターは「ジャイアント馬場」と名前はそのままで身長は面積にちなんだ209cm、体重は140kg前後のガタイのいい大男としてデザインされた。その設定がなぜかプロレスラーだったため前記のような俗説が生まれたものと推測されている。
- 面積は209cm2だったという記録もあるがそれでは馬一頭入るのも不可能であり、とても競馬などできないので単位表記のミスだと思われる。hydeの身長を間違って156kmにしてしまうようなものである。あるいはこれも擬人化キャラの影響なのかもしれない。
[編集] 関連項目
| この項目「ジャイアント馬場」は執筆者がクラックを決めていた可能性もありますが、まだ156cmにも満たない短い記事です。より伸ばしてくれる執筆者を探しています。さあ、そこのあなたもこの記事が209cm以上になるように書き込んでみよう! (Portal:スタブ) |