ジャポニカ学習帳

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ジャポニカ学習帳とは、ショウワノートが販売する図鑑シリーズ。徐々に図鑑の比率が少なくなり、見る影もなくなった。

概要[編集]

1970年に一冊50円と低価格な図鑑シリーズとして発売された。ページ数は200ほどで、最初のラインナップは「植物」「動物」「昆虫」の三種類。内容も良くそこそこ売れたが、あまりにジャンル分けをざっくりとしたため早々にネタ切れを起こす。そこで、「植物」「動物」などから発展させる形で、一冊に一つの生物だけを扱うと言うマニアックな展開を開始。しかし水増しが酷く、子供からも大人からも総スカンを喰らい失敗。経営も悪化しページ数削減か値上げを余儀なくされたが、社長のポリシーでどちらも認められず、仕方なく120ページは図鑑、残りの80ページは白紙(図鑑の内容を書き込むノートと言う名目)で発売。勿論売上は伸びず徐々に白紙の割合が増えていった。その末路が現在のジャポニカ学習帳である。

歴史[編集]

  • 1968年 2月 前身とも言える「ショウワ学習ノート」を発売。紙質が硬く売れず、早々に販売を終了する。
  • 1970年 9月 ショウワ学習ノートで培った製本技術でジャポニカ学習帳「植物」「動物」「昆虫」を発売。「毎月新作を発売!」などと宣伝していた。ノープランすぎる。
  • 1971年 3月 第二弾として「」「宇宙」「人体」「乗り物」を一斉発売。やっぱり毎月新作は出せなかった。
  • 1971年 7月 第三弾「」「地球」「昔の動物」を発売。簡潔ながら情報量の多い「地球」は高い評価を得る。
  • 1972年 9月 突然1年も間が開く。ネタ切れで右往左往していたのか。Newジャポニカ学習帳として「パンジー」「クロアゲハ」「トケイソウ」を発売。
  • 1972年10月 Newジャポニカ学習帳がマニアックな上に水増しがひどく大量に売れ残る。後に元社員から一ヶ月で25万部の返品があったと語られている。
  • 1973年 5月 Newジャポニカ学習帳「カブトムシ」「つばめ」「バラ」を発売。評価は上々だが前作の悪印象から売上は伸びず。
  • 1973年12月 経営難からページ数や価格設定で揉める。社長は譲らず、一部ページを白紙にし値段とページ数は変更なしで落ち着く。
  • 1974年 3月 Newスーパージャポニカ学習帳として「トンボ」「鳥類」「雑草」を発売。全200ページ中80ページをノートと言う名の白紙にした。
  • 1975年 4月 Newスーパージャポニカ学習帳2として「クワガタ」「きのこ」「太陽系」を発売。更に20ページの方眼紙が加わり図鑑部分は半分に。
  • 1976年 4月 Newスーパージャポニカ学習帳3として「毒きのこ」「有毒動物」を発売。「保護者の方々へ」と言う謎項目が20ページ加わり図鑑部分は80ページに。
  • 1977年 4月 Newスーパージャポニカ学習帳4として「サメ」を発売。全体ページ数が160に減少。図鑑部分が減るもそれ以外はそのまま。図鑑40ページ、白紙80ページ、方眼紙20ページ、保護者の方々へ20ページ。あとしれっと値段を50円から70円に値上げした。
  • 1978年 7月 Newスーパージャポニカ学習帳Jr.発売。全製品を図鑑20ページ、白紙80ページ、方眼紙10ページ、保護者の方々へ10ページの全120ページに編集し再販した物。
  • 1980年 3月 製品名を「ジャポニカ学習帳」として原点回帰する。ジャポニカ学習帳「カマキリ」「しばいぬ」「ゆり」を発売。白紙110ページ、保護者の方々へ6ページ、図鑑4ページ。そのくせ値段は100円に値上げ。
  • 1981年 3月 ジャポニカ学習帳「パンジー」「クロアゲハ」「トケイソウ」を発売。そんなに好きか。保護者の方々へページが廃され、白紙116ページ、図鑑4ページとなる。
  • 1984年 6月 新発売が出なくなり、社員が在庫のジャポニカ学習帳を「何故買わないぃい!!」と半狂乱で小学生に投げつけてくると言う都市伝説が出回る。
  • 1985年 9月 慶応義塾大学卒の新入社員が、新たな白紙ページの言い訳を思いつく。
  • 1986年 3月 ジャポニカ学習帳「算数」「国語」「自由帳」「連絡帳」「日記帳」「漢字練習帳」を発売。もう名前が図鑑なのか何なのか分からなくなったが、図鑑扱いで発売。表紙はあまった写真を適当に流用。図鑑部分は相変わらず4ページ、その他が116ページの120ページ構成。図鑑部分は表紙とも無関係、内容スカスカと図鑑としては失格レベルだったが、消費者に学習帳と言う新たなジャンルだと誤認させる事に成功し100円と微妙な値段設定ながら小学生にバカ売れする。学校で小学生がもう使う使うの大流行。
  • 2014年 1月 現在でも、学習帳の元祖・トップブランドとして学校などで広く使われている。 しかし、図鑑の枠組みであることを知る人は少ない。

現在発売されている商品[編集]

葬送たるラインナップ
自由帳
全ページ薄い線も何も書いてない、この上ない白紙。まるでアメリカの様な帳。恐らく利益率が一番高い。
算数・国語・理科・社会・全科目・日記帳・作文帳・連絡帳・漢字練習帳・漢字学習帳・5mm方眼罫
どれも白紙に薄く線が書いてある。物によって少しずつ違うが大体どれも同じ。自由帳よりはコストがかかってるだろうし、社員はこれらより自由帳売れてくれと思ってるに違いない。
ジャポニカセレクション・ジャポニカカスタム
洒落た横文字の名前をつけてるが、中身は上記の製品群と殆ど変わらない。背伸びしたい小学生向けと言ったところか。

キャラクター・CM[編集]

ジャポニカ王国に住むジャポニカ王子と爺、妹らしき存在がジャポニカ学習帳の裏側やCMに登場している。CMはジャポニカ王子が「テレビの前のお友達」と言う名の下に、全国民相手にジャンケンを挑むと言う内容。2000年頃から放送されているため、テレビの4色ボタンを押すのではなく伝統的な自己申告スタイルである。ジャポニカ王子は勝とうが負けようがあいこだろうが「ジャポニカ学習帳~」と元気に歌いジャンケン勝負を強制終了させる。そして次のCMが流れる。残るのは虚しさだけである。

ショウワノート[編集]

ジャポニカ学習帳の販売元で1947年に昭和紙工株式会社として設立。当時は紙の加工だけを行っていたが、社長が大変なミーハーで何なのかよく理解せず社名に「ノート」と言う単語を入れたがり、1956年に社名を「ショウワノート株式会社」と変更。「ノート」とは紙の束の端っこをくっつけてっぽくした物である。ショウワノートは紙の加工こそ行っていたが、ノートの製造は一切していなかった。これに社長や社員が気づくのには12年の歳月を要した。1968年、まずいと思ったのか「ショウワ学習ノート」を発売するも嫌に紙が硬く失敗。しかし、この製造で得た製本技術が後のジャポニカ学習帳の発売につながる事となる。

関連項目[編集]

Wikipedia
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