ガイウス・ユリウス・カエサル
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ガイウス・ユリウス・カエサル(ラテン語:Gaius Julius Caesar、紀元前100年7月13日 - 紀元前44年3月15日)は古代ローマの軍人、政治家。宝石や香水をつけたちょいワル親父であり、ちょいワル親父の元祖といわれているイイ男。もちろん両刀使いであり、そのイケメンぶりに劣らないデカマラの持ち主である。ただし中年男性の宿命か、いささか体臭がキツイのが玉に瑕(クレオパトラの弁)であった。
[編集] 概要
ちょいワルのカエサルは出産時に母親にいたずらをしてなかなか胎内から出てこなかった。そのため帝王切開で無理やり引きずり出す羽目になった。
非常に女たらしで元老院議員の3分の1が妻をカエサルに寝取られたという。見た目はハゲにもかかわらず顔がイケ面であったが、あのヴィーナスの子孫なのでカッコイイのもうなずける。イタリア政府がローマの女性に対して行っている抱かれたい男ランキングでは一位をカエサル独占し、2082冠を記録している。また、「すべての女性の男であり、すべての男性の女である」といわれるほどストライクゾーンが広く、「来た、見た、買った」の精神で借金をしてまで女を買った。あるときには女装した男をつかまされたがその男とさえやるほどであった。アッー!しかしコンドームをしっかりとつけていたためあまり子孫は多くない。得体の知れぬ蛮族の遺伝子を津々浦々にバラ撒きまくった蒼き狼にも見習ってほしいものである。みんなもコンドームをつけよう!
ガリア戦争では属州総督に就任し、戦いの指揮を執った。新戦術としてトゲ突き落とし穴を使い、多くのガリア人を串刺しにした。さらに仲間に嫌がらせをしたり、調子に乗った行動をとった。しかしその後「ガリア戦記」記した際には自分の活躍ばっかり書き、やりたい放題である。しかしその本がベストセラーとなりローマで人気を博す。
その後カエサルの乱でかつての友グナエウス・ポンペイウスを鉄アレイで撲殺し、エジプトに凱旋したカエサルに対しエジプトからプレゼントが贈られる。開けてみるとクレオパトラ7世ではないか。前からクレオパトラが欲しかったカエサルは毎晩毎晩クレオパトラで遊んだ(性的な意味で)。
また、遊び好きで特にすごろくが大好きだった。勝ち負けに執着する子供っぽいところのあったカエサルはルビコン川付近で兵士たちとすごろくで勝負し、ボロ負けしてビリになった際には逆切れしてサイコロを川に捨てた。この時の言葉が「賽は(川に)投げられた」である。
しかしモテモテのカエサルには敵も多く、彼女を寝取られたデキムス・ユニウス・ブルートゥスらによる暗殺部隊によってフルボッコの末に命を落としてしまう。もてるためのハゲ隠しに鬘をかぶっていたカエサルだが、襲撃を受けた際抵抗した折ブルートゥスのヅラをもぎ取ってしまい、それを目の当たりにして絶望と驚嘆と同情が交錯する心中を吐露して放った言葉「ブルートゥス、オンドゥルルラギッタンディスカー!」は名言として人々の脳裏に刻まれる事となった。ちなみに彼の死後ブルートゥスは鬘専門誌「BRUTUS」を発行したが、虚偽の内容を掲載したかどで処刑された。