スタンプラリー

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「スタンプラリー」の項目を執筆しています。
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「駅スタンプ」の項目を執筆しています。
スタンプの例(花咲線東根室駅)。
スタンプの例その2(北陸本線能生駅)。

スタンプラリーStamp rally)とは、鉄道教徒のうち一部の異端者によって行われている、宗教活動の一種である。

概説

スタンプラリーとは、一般的には「全国各地の駅などにある、様々なスタンプを収集する行為」という意味で用いられている語であり、それは鉄道教用語としてもまた同様の意味である。即ち、右記の画像のような、鉄道に設置されている「駅スタンプ」とか「旅行スタンプ」などと呼ばれているスタンプ(本記事では、以下、単に「スタンプ」といった場合には、このような駅スタンプの類を指すこととする)を、現地を訪れた上で収集するという、ただそれだけの行為である。


ところで、当然ながら、これらのスタンプは、収集されるために設置されているものではない
一般の旅行者や、スタンプラリー以外の目的で駅を訪れた鉄道教徒らが、自ら持参したノート手帳等にスタンプを押印し、その駅を訪れた記念とする――それが、スタンプの本来の用途である。

このため、殆どのスタンプは、駅舎や至近の観光名所などを描いたり、その駅ならではのキャッチフレーズ(右記の例では「日本最東端の駅」とか「REDEEMING*VALUE」といった類)を入れたりなど、各駅ごとに工夫を凝らした図柄となっている(同一の図柄のスタンプを、複数の駅で用いているような例は、おそらくほぼ皆無に近いであろう)。
そして、スタンプをノート等に押印して帰った者は、何ヶ月も、あるいは何年も経ってから、忘れた頃にそのノートを見て、旅行(あるいは巡礼)の記憶を懐かしむのだ。

しかし、スタンプが「各駅ごとに異なる図柄である」という点から、過度にスタンプに魅せられてしまい、スタンプそのものの収集を行うようになってしまった者もいる。それが、スタンプラリーを行う者――即ちスタンパーStamper)である。


スタンプそのものを収集してしまっては、それより後に駅を訪れた者が、同じスタンプを押印することができなくなる――。これは、鉄道教に入信できる程度の知能を持っている人間なら、誰もが当たり前に理解できることである筈だ。殆どの場合、同じ図柄のスタンプが複数存在することなど無いのだから。

しかし、このような簡単なことさえ、スタンパーは理解できなくなってしまっているのだ。

初めて来た駅で、ノート等にスタンプを押そうとしたら、その駅のスタンプは既に何者かによって収集されてしまっていた――。そのような光景を目にした者の悲しみは、如何ばかりだろうか。

そんな悲しみを想像することも、いや、そもそも自分以外の他人のことなど全く考えることさえできない、それがスタンパーと呼ばれる人々なのだ。


現行の日本の法律では、スタンプラリーは違法行為として扱われており、検挙・逮捕された場合には懲役などの刑罰が科されている[1]。このため、多くの鉄道教徒は、スタンプラリーという宗教活動の存在そのものを否定しており、またスタンパーは鉄道教における異端者とみなされている。
但し、スタンプラリーは、1名またはごく少人数で秘密裏に行われる活動であるため、表向きは否定している者のなかにも、実は他人にわからないようにこっそりと取り組んでいる者がいるのではないかとの噂が絶えない。そしてまた、実際にスタンプラリーが行われた形跡が、日本全国の数多くの駅に遺されている以上、まだまだ日本には検挙されていないスタンパーが多数存在しているものと考えるべきであろう。

事例

それでは、実際にスタンプが収集されてしまっていた痕跡をご覧頂こう。


Shinshirakawa stamp.jpg


これは、2008年11月に東北本線東北新幹線新白河駅で撮影された画像である。

スタンプは、無い。

わざわざワイヤーで固定されていたのに、無残にも引き千切られてしまっている。

そして、もはや役目を果たすことができなくなった、スタンプ台とスタンプパッドだけが、ぽつんと取り残されて――。





更に、もう一例ご覧頂こう。


Shinjyou stamp.jpg


2008年11月に奥羽本線山形新幹線新庄駅で撮影された画像である。

ここにも、スタンプは無い。

スタンプ台には、駅からの抗議のメッセージが貼り付けられている。

いや、これは駅からの抗議というだけではない。

スタンプが収集されてしまった後にこの駅を訪れた、無数の旅行者たちの、声にならない叫びが詰まっているのだ。




私は、ただ自分のノートに、スタンプを押したかっただけなのだ。

そうして、後からスタンプを眺めて、旅の思い出を振り返りたかっただけなのだ。

なのに、何故、このような悲しい思いをしなくてはならないのか。


私だけではない。

その駅を訪れた、数多くの旅行者・巡礼者たち、

スタンプの押印面の溝にゴミが詰まっていないか、スタンプパッドのインクは充分かなど、スタンプの状態を常に気に掛けていた駅員たち、

スタンプをデザインしたひと、彫ったひと、

そして、これからその駅を訪れるであろう、無数の人々。


スタンパーと呼ばれる1人の不心得者のために、どれほどの人々が悲しい思いをすることになるか、あなたは考えたことがあるだろうか?




この記事を読んでいる、あなた。

あなたは、どこかの駅からスタンプを収集してきたりしていませんか?

あるいはスタンプでなくとも、どこかから何かを奪ったりしてきていませんか?


もしもあなたが、そんなスタンプを持っているならば、今すぐに、スタンプを元の駅に返して下さい。

検挙されることを恐れるならば、匿名で郵送して下さい。あるいは、最寄の駅の窓口に、そっと置いてくるだけでも構いません。

そして、もう二度と、スタンプそのものを収集するようなことは、しないでほしいのです。


旅の途で立ち寄った駅のスタンプを、ノートに押印する。

あなたも、そんな小さな幸せを、味わったことがあるはずです。


その手元にあるスタンプを返してから、もう一度、その駅を訪れてみませんか?

そして、もう一度、スタンプを押印することの幸せを、味わいなおしてみませんか?






脚注

  1. ^ 刑法第235条:「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」[1]

関連項目