スーパーカー

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「スーパーカー」の項目を執筆しています。

スーパーカー(:Super Car,Exotic car)とは、妙ちきりんな形をした出来損ないのの総称。世界中の車メーカーがこれらの車を富裕層に売りつけることで、不当に高い利益を得ている。

概要[編集]

一言で言ってしまえば「外見が実用からかけ離れており、一部の性能だけが極端に飛び出しているアンバランスな車」のこと。以下の条件の幾つかに当てはまることが多い。

  • 利益を上げるための強欲な価格設定

普段はドケチな金持ちでも、唯一財布がゆるくなる瞬間が高級車を買う時である。自動車メーカーがこれを見逃すわけがなく、利益を釣り上げるために不当な値上げをする。また金持ちは値切るという行為を知らないため、言い値で買ってくれるという利点を活かした商品戦略でもある。

  • 最新技術の実験台

量産型の車に導入したい最新の技術があっても、庶民向けの価格ではまだ搭載できるほどコストダウンが進んでいない、または新しい技術の安全性を確かめるという目的でスーパーカーが活用される。つまり、もともと価格を釣り上げているので高価なシステムを載せることが出来るし、メーカーでは確かめようがない数百台規模の安全性に関する実験を富裕層自らが引き受けてくれるのである。特に前者の「最新技術の搭載」は、その最新技術が本当は高価でなくても購買層向けには価格を上げる口実になるため、全世界的に好んで行われる。

  • 安全性を誤魔化すための少ない生産台数

前述のように、スーパーカーには安全性が定かではない技術が多数投入されている。そのため当然、初期不良や故障は多い。それを誤魔化すために生産台数を引き下げるのである。
例えば300台に1台の確率で故障する技術があったとしよう。これを30万台生産する車に搭載したらどうだろうか?30万台のうち1000台が故障し、その車を販売したメーカーは非難轟々といったところであろう。対応に失敗すれば、社会問題に発展する可能性すらある。だが300台のみの生産となれば故障するのはたったの1台である。メーカーは限定生産によるプレミアム感の演出が可能になる上、1/300の確率で故障するというデータを得て今後の技術開発に改善点を反映できるという、まさに一石二鳥の商品戦略なのである。

  • 趣味の悪いデザインと不必要な速さ、劣悪な居住性

金持ちが自己顕示欲を追求した結果として、スーパーカーには奇抜なデザインが多い。必要のない機能が多数搭載されていることがステータスだとする考えのもと、乗り心地などは無視される。その結果として「エンジン音が室内に響いてうるさい」「エアコンがないから夏には蒸し風呂になる」「オーディオもない」「隙間からの雨漏りするので雨の日には走れない」「デザインのせいで座席が低く全く周りが見えない」など、最悪の居住性が実現してしまう。また速い車が好まれるゆえに不必要な高性能化を行った結果、なかなか始動しないエンジン、鉄板のように硬いクラッチ、筋肉が鍛えられるぐらいに重いギアチェンジ、しばらく走らないと効かないというとんちのようなブレーキなどが付随してくるようになってしまった。富裕層や車マニアはこれらの使いづらさを「スーパーカーゆえの特徴」と脳内変換することで、辛うじて満足感を得ようと努力している。

世界における状況[編集]

車が発明されたのもヨーロッパ、また現代の富裕層の元型が最初に現れたのもヨーロッパだったため、スーパーカーを作るメーカーはヨーロッパに多い。特にイタリアフランスドイツイギリスなどでは金持ち向けの派手派手しい車のみを作るメーカーがいくつか存在する。フェラーリランボルギーニなどが代表例である。
購買層はもともとヨーロッパの高所得者向けであったものが、歴史的にヨーロッパアメリカ日本(バブル期)と変遷し、現代ではスーパーカーは主にアラブ人中国人の乗り物となっている。

日本における状況[編集]

生産[編集]

前述したがもともと富裕層という概念がヨーロッパのものであったため、日本ではスーパーカーという文化があまり発展しなかった。だがいつまでも欧米の真似をしたいという日本人の特質ゆえ、第二次世界大戦以降そういった車が開発されてきたという経緯がある。以下に日本のスーパーカーとして取り上げられたことがある車を挙げる。

市販車[編集]

だが上記の全ての車において「スーパーカーではない」とする意見が溢れかえっている。

プロトタイプまたは未発売に終わった車[編集]

以上の車は未発売に終わった。車としての完成度は高くてもスーパーカーとしては微妙なのが日本製スーパーカーの特徴である。

購買層[編集]

メディアによるステマ全盛期の1970年代アニメ漫画に釣られた少年たちがスーパーカーに興味を持つようになっていった。その世代が成長すると、まず最初に遅いだけで意味のないドリフト走行ブームが1980年代に流行した(なお現在でもドリフト走行ブームは続いており、日本の山間部ではタイヤと自分の寿命を必要以上にすり減らすレースが未だに行われている)。特に古臭い掃除機のノズルようなデザインのランボルギーニ・カウンタックは人気を博し、「最高速300km」「ガルウィングドアである」という嘘が全国に蔓延した。
70年代に少年だった世代が車に乗れる年齢になる1980年代後半に、バブル景気が到来した。大都市ではイタリア製スーパーカーに乗ることがステータスになったため、人々はこぞってこれらの車を妄信的に購入し、転売した。これら日本人が購入したスーパーカーは、バブル崩壊とともに人々の負債となって世界中に転売されたため、日本の富のグローバル化に貢献することとなった。
スーパーカーブームを経験した世代が中年を迎える現在では、スーパーカーは「自分がイケている」と思いたいオヤジが中年の危機を乗り切るためのツールとして認識されている。また妻子に理解されない趣味ランキングでは常に上位を占めており、妻に「そんな家計に負担がかかることはしないで」と言われたり、息子・娘から「車なんていらないし、興味ない」と言われながらもスーパーカーに固執するのがこの世代の特徴である(ちなみに、これは昨今の離婚率の上昇の一因であるとも言われている)。

関連項目[編集]