スーパーフリー
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
~ スーパーフリー について、磯野波平
スーパーフリーとは、日本人FWの多くが加入しているとされる謎の秘密結社である。彼らは、いわゆる「どフリー」(スーパーフリー)の決定的チャンスでシュートを外すことによって、来世での幸福が保証されるという思想を信奉していると言われている。略称はスーフリ。
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[編集] スーパーフリーのメンバーであると言われるFW
[編集] 城彰二
スーパーフリーの創設者にして代表的メンバー。反スーフリの狂信者により水かけ攻撃を受けたこともある。
スペイン名はホー。
[編集] 柳沢敦
スーフリの中でも高位にあると言われるメンバー。クロアチア戦で伝説の奥義、QBKを決めたことにより、来世は保証されたと信じ込んでいる。
通称はへなぎ、ヤナガシワ、QBK。
[編集] 鈴木隆行
柳沢と同い年、同じチームで長くプレーしたFW。この2人の2トップはスーフリ史上最強ともいわれている。公式戦46試合、出場分数にして1790分間ノーゴールの世界記録(事実)を作った偉大な選手である。彼と柳沢は他のメンバーとは比べ物にならないほどスーフリ活動を積極的に行っている。
尊称は師匠。
[編集] 玉田圭司
2006年にシーズン1ゴール(しかもそれはPK)しか決めていなかったにもかかわらずワールドカップに召集された模範的なスーフリメンバーだったが、ブラジル戦でゴールを決めてしまったため「背教者」のそしりを受けた。その後、再びスーフリ思想の実現へ向けて活躍中だ。
通称はダメ田。
[編集] 大久保嘉人
代表歴19試合ノーゴールという輝かしい記録を残していたが、20試合目にしてゴールを決めてしまったためスーフリ信者からは苦情が殺到した。
真名はキャバクラセブン・レッド。
[編集] 巻誠一郎
「FWは点を取るだけが仕事じゃない。ポストプレーとか色々ある」と発言し、スーフリメンバーであることを公式にカミングアウトした。さらに「利き足は頭」などと発言し、頭も使えないことまで自白している。
通称はムァキ、巻○ソ。
[編集] 森島康仁
彼も「FWは点を取る以外にも仕事がたくさんある。守備だってしないと現代サッカーでは監督に使ってもらえない。」と発言。スーフリメンバーであることを積極的にアピールした。
愛称はデカモリシ。
[編集] 高原直泰
ドイツでは所属チームの監督から「高原の新しいニックネームはチャンスブレイカーだ」と絶賛された。ファンからはスシボンバーのニックネームで親しまれており「スシボンバーは日本に帰れ。ヘタクソ」などとたびたび暖かい声援をうけた。W杯ではステルスFWとして活躍する等スーフリ思想の普及活動に努めていたがその後行方不明となり脱退が噂されている。
タコハラ、バカハラ、寿司ボンバー、ルドン高原、バーレーン代表タカ・タークハル等の異名がある。
[編集] カレン・ロバート
市立船橋高校時代は一流のゴールハンターだったが、プロ入り後、スーフリに入信してしまった。
チームでの活動時はスーフリ活動は全く行わないものの、代表時には活動を積極的に行う。
[編集] 平山相太
カレンと同様、高校時代やオランダ留学中は一流のゴールハンターであった。
しかしカレンとは逆にチーム時にスーフリ活動を積極的に行い、代表時にはなりを潜めている。
隠れ名は怪物くん。
[編集] 本山雅志
ポジションはミッドフィールダーだが、フォワードもこなす。代表歴28試合にしてノーゴールという好成績を収めている。
別名は鹿島枠。
[編集] パトリック・クライファート
スーパーフリーヨーロッパ支部長。DFとGKを華麗に抜き去りつつ遊び心の利いた美しいヒールキックでゴールの枠を外す芸術的プレーを持ち味とする。若き日にキャプテン翼に強力なライバルとして出演した全スーパーフリー構成員憧れの的である。
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[編集] スーパーフリーに関する悪評
日本人男性の平均と比べると、一部を除いて非常に顔面偏差値の高いイケメンぞろいであり、そのせいか「スーパーフリーはレイプ集団である」などという悪評も流れているが、それは彼らと対立関係にある秘密結社、キャバクラ組によるデマゴーグである。


