セパタクロー

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セパタクロー(ラテン表記:SepakTakraw/タイ語:ตะกร้อ/別称:籐球)は、人体がどこまでありえない方向に曲がるかの極致を求めて東南アジアを中心に行われる競技。世界一股関節を酷使するスポーツとも言われ、将来的にオリンピックの実施競技を目指してている。

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概要[編集]

この競技は現在ネットを中央に配したコート内で、ないしプラスティック製のボールをなるべく相手側に打ち込みながらアクロバティックなパフォーマンスをするスポーツであるが、本来は「解脱」を求めるために僧侶たちの間で行われていた儀式であった。

1965年にアジアセパタクロー連盟が設置され、公式にスポーツとして認められてから「マイナースポーツの中のマイナースポーツ」として世界中で愛されており、現在本来の意義は薄まっているものの、全身を激しく捻りながら空中に飛び出し、なおかつボールを凄まじい勢いで相手側に打ち込み、頭から落ちようとさわやかな笑顔を忘れない選手たちを僧侶たちは「ほら、この動きは解脱してますよ」と評している。実際空中で2回転もすると無我の境地に達することが実証されており、この競技を極めた者は2メートル以上ジャンプでき、己の痛覚を自在に操るという。

歴史[編集]

起源[編集]

残念、記録は60センチだ。

起源は紀元前の中国で行われていた軍事訓練まで遡るが、東南アジアに伝来したのは9世紀のこととされる。当時付近を支配していたクメール朝は仏教をまだ国教にしておらず、ヒンドゥー教を国教としていた。当時の王は伝来してきたこの蹴鞠の原型とも言えるスポーツが、ヒンドゥー教の教義の一つである「ヨーガ思想」と共通点が多いことに気が付き、神技としてこれを導入。当時は数人が向かい合って座り結跏趺坐しながらピョンピョン飛び回り、水牛の膀胱を膨らませたボール(ヒンドゥー教で崇拝されているのは瘤牛であり、水牛は保険の対象外である)を弾き合うというなんとも張り合いのない神技であった。

11世紀ごろ仏教を国教とするようになると、人々の間に根強く残っていたヨーガ思想と禅の思想が融合し更なる過酷な鍛錬で解脱を求めるようになったため、脚と頭の使用と二本足で飛ぶことなどが許可され、次第に「自らの股関節の限界を超えることこそ解脱に近づく第一歩である」との考えが広まる。ボール一つでできるこの神技は若い僧侶たちの間で人気を博し、「朝の托鉢でいかに大盛りにできるか」と共に必修科目とされるようになった。

ボール改革[編集]

そしてこのほほえみである。

ルールが改変された後も相変わらず水牛の膀胱を縫い合わせて作ったボールを使用していたが、生の膀胱はよく茹でなければ脂が抜けず、脂焼けして異臭を出すのも問題であった。そんな時ある高僧が「膀胱なくなった水牛はどうなるのですか」と発言したため僧侶たちは慌てふためき、そのちょっと臭いボールを全て荼毘に付すと、膀胱慰霊碑を建て二度と殺生は犯さないことを誓った。しかし、蹴るものが無くなってしまった僧侶たちは困り、これに青春をかけていた多くの僧侶は「もう解脱できない」と絶望し、托鉢用の鉢をアクロバティックに蹴って壮絶な死を迎える者が続出する。

そんなある時、若い僧侶たちの相次ぐ死に胸を痛めていた僧侶の一人が、朝の托鉢の際に村の老婆が差し出した籠を見てひらめいた。僧は老婆から籠を借りると目の前で籠を足蹴とし、飛び散るお米と悲鳴を気にせずオーバーヘッドスパイクを決めると、以外にも具合がよろしかったためそのままお持ち帰りとした。蹴り心地が好評を博した編み籠だったが、くぼみが邪魔だったため籐でくぼみを埋め、ほぼ現在の形となった。

現代化[編集]

長らく秘儀とされていたセパタクローだったが、スポーツとして僧侶以外にも広がりチームが作られ組織的対戦が行われるようになると、明文化されていないルールをめぐって度々諍いが起きた。「このやろうハンドしやがったな」、「ハンドなんてルール聞いたこともねえ」、「何メートルジャンプしてるんだ」、「どこまで飛ぼうが勝手だろ」、「蹴りやがったな」、「むしろお前ボールじゃないの」時には流血沙汰にまで発展する諍いを見かねた者たちによってルールの明文化が試みられたが、寺院主催の協会などが存在せず意見が割れに割れどれも失敗に終わっている。

時は大きく流れてついに1965年、東南アジア競技大会種目の選考に当たってこのスポーツが注目され、アジアセパタクロー連盟が半ば宗教法人的に成立した。混乱を避けるためにルールも「腕ダメ、相手へのダイレクトアタックなし、ジャンプは6メートルまで」と統一され、セパタクロールール戦国時代は終わりを告げた。1988年には世界セパ連盟が設立され、現在も決してメジャースポーツに堕すことなく世界中で細々と愛されている。

ゲーム[編集]

コートはバドミントン用を流用する。体育館の床にはお誂え向きにも謎めいた線が多数記されており、そのうちのどれかをつなぎ合わせることによってセパタクロー用の線の組み合わせが完成する。しかしこの線の組み合わせを知っているのは熟練者のみであり、中心に配されるネット(バドミントン用から流用)を張るポールを立てる儀式も熟練者が行わなければよくないことが起こるという。

ルールは基本的にバレーボールに近いが、腕より下は使用禁止となっているためバーレーボールのスマッシュと同じ高さからボールを蹴る必要がある。つまり選手は跳躍もとい飛行を必要とされ、6メートル急上昇した後に急降下しながら相手側にボールをたたき込む技「ハンス・ウルリッヒ」の速度は時速140キロを超す。アフガン航空相撲とは異なり地上への着陸は許可されているが、相手攻撃へのブロックには股関節を解放しての緊急跳躍「蛙股裂き」等を行うため、選手たちはプレー時間のほとんどを空中で過ごすこととなる。

実にやわらか。

プレー終了後はバレーボールとほぼ同じ方法で採点を取った後、選手一人一人の美術点が採点される。

  • いかに股関節の柔らかさを人体を破壊せず表現できたか。
  • 飛ぶ際のフォームは飛がごとき力強さと蝶の様な優雅さを持ち合わせているか。
  • 体のひねりは美しくらせんを描いていたか。
  • オーバーヘッドアタックは骨の存在を感じさせないほどやわらかだったか。
  • 死亡しなかったか。

これらの美術点を満たすには毎日をガブ飲みしながら、股関節をやわらかくするトレーニングを一日26時間行わなければならない。この矛盾に溢れた鍛錬の上にセパタクローの力強くやわらかなパフォーマンスは成り立っているのであるが、北海道大学亜細亜大学の学生たちの間ではクラブが作られるほどの静かなブームとなっている。

レッツプレイ![編集]

股関節解放の極致 この場面の説明を記すには余白が狭すぎる

やっぱり無理です、ごめんなさい。

関連項目[編集]

Upsidedownmainpage.jpg 執筆コンテスト
本項は第14回執筆コンテストに出品されました。