ダウンタウンのごっつええ感じ

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ダウンタウンのごっつええ感じ(-かん-、英:Nice feeling of Downtown)とは、漫才師としては目が無いと悟ったお笑いコンビダウンタウンフジテレビのバラエティノウハウを使って作り上げたお笑い番組である。

概要[編集]

ダウンタウンは1982年に「まさと・ひとし」として結成されたお笑いコンビで、日本でもっともカジュアルな地域である尼崎市出身の浜田雅功・松本人志で構成される。吉本興業の芸人育成スクール「NSC」一期生として期待されて結成直後に新人賞を二つ獲得するという快挙を達成したものの、カジュアル極まりない地域出身であるため一流漫才師としての雰囲気をどうしても持てず[1]、大御所の横山やすしからは「お前らのは漫才やない、ただのチンピラの立ち話じゃ」と酷評され大阪での前途は早くも多難なものになっていた。

その後漫才の道を捨てバラエティ番組を中心に活動するが、コテコテを好む関西のお笑い業界ではいつまでも若手扱いが続き、90年代初頭には吉本本社から東京へ左遷命令が下ることになる[2]。そんな中東京で生き延びるために何が必要か、という考えに至り「東京で受ける笑いとは何か」と二人は思案する。ドリフターズの『ドリフの大爆笑』『8時だよ!全員集合!』、明石家さんまビートたけしの『おれたちひょうきん族』、とんねるずの『みなさんのおかげです』等々…全国区の人気番組数あれど、それに対抗する手段はあるだろうか。

「これ、全部混ぜたらええんちゃうん?」

―――その時歴史が動いた。ドリフターズ得意の大がかりな演劇的コント、ひょうきん族の一発芸的ショートコント、とんねるずが若手を苛めてバカ笑いする過激企画。それらを全てやったら、きっと受けるのではないか。折しも時代はバブル崩壊、手元にある素材を組み合わせて安上がりに企画が出来ればテレビ局も大助かり、そうなればコネクションも築き上げやすくなる。ここにフジテレビ(及び他局)の総力を勝手に集結させた一大お笑い番組「ダウンタウンのごっつええ感じ」がうぶ声を上げたのである

番組の傾向など[編集]

「ごっつええ感じ」の名前の通り、とりあえず「ええ感じで」というのを軸にしてパロディや暴力も交えた多種多様な企画を釣瓶打ちするのが基本となる。中には「20年後の吉本」を舞台にした自虐コント[3]や突然のロケ企画などもあり、ダウンタウンの機嫌次第で何でもいいからやってみるのがこの番組である。その為スタッフ間の雰囲気も明るく、突然スタッフがコントに引っ張り出されたり「モーホーの泰三」とクレジットされるなど気楽な空気が流れていたと言われている。

だがその気楽さが災いし、「CD発売に合わせて連動イベントを開き、それに合わせた企画を放送する」という予定が野球中継でオジャンになった際「これはええ感じやないな」という松本のぼやきから、「じゃあ、もういいか」「六年やったし、そろそろ畳もう」とスタッフたちも気楽に番組終了を口にし始めた事で「とりあえず打ちきりでいいか」とお気楽な決定が成されてしまい人気好調の中で番組は終了している。

脚注[編集]

  1. ^ 当時の漫才師はスーツ姿でピシッと決めて漫才をするのが普通だった。
  2. ^ 当時から吉本は「全国進出」の名目で各地に芸人を送っているが、直轄区域である大阪がやはり「本陣」であり関西圏でさえ外様扱い。東京などは蛮地と見られていた。
  3. ^ すっかり年取ったダウンタウンが、吉本本社にタカりに来るというもの。「お前らはもう終わった芸人じゃ!!」と罵られる姿が見所である。

関連項目[編集]