朝鮮人模伽

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朝鮮人模伽(ちょうせんのひもとき)とは、江戸時代の草双紙などに登場する擬人名の一つ。役割としては、現代で言うボケ役が多い。

概要[編集]

江戸時代は町民文化の時代であり、江戸市中は庶民向けの娯楽が氾濫するアミューズメント性の高い町だったのである。また寺子屋が一般化し、日本全体の平均識字率よりも江戸の識字率はかなり高かった[要出典]。そんな時代にあって、「本」というものが学問の為だけでなく娯楽の為のものになっていくのは当然の成り行きだったと言える。

当時は実在する人名を使用した物語は少なく、登場人物には擬人名…つまり「分かりやすい架空の名前」を付けるのが普通だったとされる。例えば身持ちも頭も固く融通の聞かない男として「石部金吉」、変な事ばかり言って周囲を困らせる「与太八郎[1]」、豪放でキップもいいが雑把な性格で廓代やツケを踏み倒す「薩摩守忠徳[2]」など名前を見れば物語内での役割が容易に想像出来るようなものが流行していたのである。朝鮮人模伽もその類型であり、物語の序盤で話を引っ掻き回すボケ倒し役になる事が多い。

特徴[編集]

この「朝鮮」は朝鮮半島から来たという意味ではなく、「浮世離れした」「およそ江戸ッ子らしくない」という意味合いを持つ。当時はそういった「どこか遠くから来たようなもの」に唐や朝鮮とつける言い回しが多く、例えば朝鮮朝顔も元はインド近辺の南アジアからポルトガル船によって運ばれてきたが「今まで日本になかったから」ということで「朝鮮」と付けられている[要出典]

更に歯車の噛み合わないおかしな事ばかり言うので「初な娘の寝話(=伽)のようだ」として「人模伽」を付け[3]、全体的に「よくわからないヤツ」というイメージで固めている。

尚この名前は江戸後期辺りまでは様々な作品で盛んに登場するものの、明治以降は殆ど使われなくなっていく。これはそもそも擬人名という文芸表現自体が廃れていったことによるものだが、戦後の日本では再び朝鮮人模伽の名前を使って文章を書く若者が増えつつある[不要出典]

脚注[編集]

  1. ^ 与太話の語源になった名前である。
  2. ^ さつまのかみただのり。現在でも無賃乗車を「薩摩守」と呼ぶのは、この名前に由来する。
  3. ^ 同様に意味を重ねていくケースでは、痩せて骨と皮ばかりだから「骨皮助」と言う名前を更に強調し「骨皮筋衛門」としたケースが有名。

関連項目[編集]