ツーリング
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ツーリング(touring)とは……
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[編集] 概略
古くより人類は、多くの宗教の中で、より神性に近づくための苦行を行ってきた。それらの苦行のほとんどは、もとの宗教自体が廃れたり、時代遅れだったり、単に面倒くさいという理由で流行らなくなっていった。
その中、オートバイという現代的な小道具を用いて行う新たな苦行が生まれ、多くの修行僧によって行われるようになった。これがツーリングである。
この苦行の基本形は、オートバイに乗って人里離れた場所をただひたすら走り続けるという至極単純なものであるが、その具体的様式は多岐にわたる。比較的短時間で功徳を得られることが、現代においてこれが流行する一つの理由となっている。実際、ツーリングの専門誌が書店で販売されているほどである。
[編集] 手法
文明人であれば当然の如く恩恵を受けるべき冷暖房のある部屋を離れ、快適な移動を保証する自動車や電車を用いず、暑さや寒さのみならず屋根一つで容易に防げるはずの風雨にすら我が身を晒しながら、ただひたすら走り続けることが、この苦行の基本形である。
その過酷さは想像を絶し、新幹線やら普通なら乗り心地のよい自動車やらで楽々移動できる数百キロの距離ですら激しい疲労を誘う。夏の盛りには全身に熱風を浴び、冬のさなかには凍死の危機すら覚え、強風の中でふらつきながら走り、豪雨となればほとんど水没しながら突き進む。
走る場所はどこでも良いが、人間の多い場所は好まれず、主に人里離れた原野や山岳地が選ばれる[2]。時には転倒して痛い目にあうこともある。他者との関わり合いを断ち、ただひたすら荒野を走り続けるその姿は、修験道に通ずるものがある。まさに現代の苦行と言って良いだろう。
数日にわたる修行の中で、当然、睡眠を取る必要がある。かつてはこの睡眠も修行とされ、野宿と屋外での自炊を行い、宿泊施設は使わないことが主流であったが、野営可能な場所がかつてより限られることや、初心者などには苦痛が強すぎることから、簡易宿泊所などの利用が増えている。しかし、原理主義者は現在でも野宿を原則とする。
[編集] 道具
基本的に、オートバイがあれば実行可能である。[3]
とはいえ、初心者や高齢者など体力や技量が不足する者にとって、この苦行は危険でもある。あくまで修行の途上として捉えた場合、安易に事故死することは好ましくない。このため初心者の場合、道具としては長距離移動に適したツアラー型の使用を勧められることが多い。この形態はツーリングの中で最もソフトなものと言って良い。
しかし、この苦行を苦行として成立させるためには、より身体的苦痛が多いほうが望ましく、風圧による体力消耗の激しいネイキッド型や、移動自体が苦行であるレプリカ型、スーパースポーツ型などでツーリングを行う者も少なくなく、さらに功徳を積むために、本来ならば短距離の移動を想定した(そして高速道路に乗ることができない)125ccのオートバイが選ばれることがある。
究極系は50cc未満の原動機付自転車でのツーリングであるが、ここまでくると既に苦行を通り過ぎて捨身行あるいは入定と言って良いだろう。
派生系として、より激しい苦行を行うために、オフロード型やデュアルパーパス型で未舗装道路や廃道を走り抜ける者もいる。ただし、一般的なツーリングとは別のものと捉えられている節がある。
なお、先鋭的原理主義者の間ではビッグスクーターで走ることはツーリングではないとされるが、近年ではツアラー型よりもさらにソフトな修行として受け入れられている。
[編集] 目的
過酷な自然環境に生身を晒すことは、空気調和が当然である現代文明では得られない苦痛を感じることができる。
そのまま野宿のうえ蚊やブヨ、ヒルなどに血を吸われる程度であればまだ生ぬるく、数十メートル先も見えない豪雨の中で道を見失ってさまよった、野生の熊と遭遇した、雪に降られて遭難しかけたなど、修行者たちの間では自分たちの苦行を自慢しあう傾向が強い。人里離れた山奥でガス欠になって重いバイクを十数キロも押して歩いたとか、アクセルワイヤーが切れたためにアイドリング回転数を上げて無理矢理走り続けたとか、豪雨の中で激しく雨漏りするテントの中に眠り強風にテントごと吹き飛ばされた、といった極限を経験した者には惜しみない賞賛が与えられる。
医学的には、ある苦痛を継続的に受け続けることで、脳内にエンドルフィンをはじめとする快楽物質が分泌されることが知られている[4]。さらにストレスと疲労によって意識が朦朧となり、所謂「涅槃」の状態に入ることもあり得る。とはいえ、ツーリングの目的がこの「涅槃」であるとの確証はない。
修行者の間でしばしば口にされる「風になる」という言葉は、その定義や意味において曖昧である。風とは大気の動きであり、人間は大気でない以上、それが動いても大気の動きになることは不可能である。仮に人間の体を大気に変えるとしても、そのためには数百度から千度もの高温が必要であり、ツーリングにおける時速数十~百数十キロ程度の速度での大気との摩擦では不十分である。
このため、この「風になる」という言葉は純粋に宗教的概念であると考えられるが、その意味や定義において非常に曖昧であり、明確な説明が試みられたことは無い。しかし、修行者同士では「風になる」の一言で全てが通じるようである。
[編集] その他
- 修行の様子は、しばしば「ツーレポ(ツーリング・レポートの略)」として紹介されることがある。いかにも楽しそうに書かれているが、実際には激しい苦行であるので騙されてはならない。なお、彼らがツーリングを楽しそうに書く理由は不明であり、ある種の戒律と考えられている。
- 修行の途中にその土地の産物を食べて「土地の力」を取り込むこともある。一見するとただの観光に見えるが誤りである。また、それが目的というわけではない。
- 聖地として広く知られる北海道には、夜に大地とともに眠るための簡易な寝所(ライダーズハウス)を提供していることが多い。簡易宿泊所に分類されるが宿泊所とは名ばかりである。
- 多人数により共同で行う「マスツーリング」と、一人で淡々と苦行を積む「ソロツーリング」があり、どちらを選ぶかはその修行者の流儀しだいである。例えばマスツーリングでは走行中にいつの間にかライダーの数が増えたり減ったりする怪奇現象や、先行者が約束の中継点をすっ飛ばして生理現象の限界に達するなどの苦難があり、ソロツーリングでは峠やトンネルでゴーストライダーに追走されたり、マスツーリストたちの妨害を受けるなどの苦難がある。どちらのほうがより功徳を得られるかについては議論が尽きない。
[編集] 注釈
- ↑ 正しくは two ringsであるが誰も気にしない。
- ↑ と言っても、オートバイを使用する以上、道路が無ければならない。
- ↑ もっとも、物理的に移動不可能になれば修行の目的を達せられないため、最低限の道具(しばしばツーリング用具と呼ばれる)が準備される。
- ↑ これに似た現象が、ランナーズ・ハイである。