ティーガーⅡ
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ティーガーⅡ(てぃーがーつー)とは、本調子で作ったタイガー重戦車があまりにも戦果を挙げすぎたため狂喜乱舞なナチス・ドイツの総統閣下が前者の開発を行った「ポルシェ」と腕利きの兵器工場「ヘンシェル」の両社に命令して作らせたヨーロッパ戦線のバケモノ二代目。日本ではⅥ号戦車若しくはティーゲル2で、アメリカではキング・タイガーという名で呼ばれてる。ただでさえ実戦での評価が良かったタイガー重戦車を更に強化したのだからその戦果は・・・・お察しください。ちなみに、みんなは「ティーゲルⅡ」と覚えよう。
まれにティーガーIIが登場する際に流れるテーマ曲。
目次 |
[編集] 概要
文字通り、ドイツが開発した最強の主力型重戦車である(後、マウスやE100・ラーテなどの超重戦車に性能で越されるがあちら側と違って生産数ならガチでこちらが上)。その火力でアメリカのシャーマンは紙切れのように吹き飛び、ソビエトの誇る神は大爆発を起こして次々と落伍していったほど。だが、その華々しい戦績の反面コストが高いだけでなく軽快に走れるⅠ号戦車の方に開発方針が揺らいだためこの手の大型車両はそんなに生産されなかった(分かり易く言えばタイガー重戦車のように、大量生産できなかった)。だが、そのバリエーションは果てなく、固定式大砲を積んだエレファントやヤークトティーガーを筆頭にアメリカが大戦末期に投入したM26重戦車の砲弾を楽に跳ね返すヘンシェル砲塔仕様まで存在する。その価値観から同盟国の日本やイタリアにも輸出されたが投入時期の都合から戦局に何ら影響を及ばさなかった。現在、稼働できる車両はyoutubeぐらいを見ただけでは5両程度である。なお、第二次大戦末期には燃料不足や電気系統の故障により放棄される車種がアメリカの戦車並みに多いことでも有名。もし、機会があったらヨーロッパに行きなさい。その辺を掘り返せば残骸ぐらい出てくるから。常に発掘されるとは限らないけど。
[編集] 火力
8.8mm砲から強力な88mm砲に換装したためその威力は絶大。テストで捕獲したアメリカのM4中戦車を利用して実験したところ、粉々に吹き飛んで大砲の破片しか残らなかったという。あまりにも凄まじく壊れたためヒトラーの勧誘で視察に訪れた関係者の多くは「こんな戦車に敵はどう立ち向かえというのだ?」「タイガー重戦車の栄光が薄れるのではないか?」「この戦車を作ったヘンシェルとマウスの会社はどんな人間で形成されてるのだ?」との声が絶えなかった。なお、日本からも戦車の研究のために訪れた人もいて、ドイツ・ヘンシェル社の関係者から俺達が作った戦車の火力を見てくれ?これを見てどう思う?と聞かれた際に思わず・・・・凄く欲しいです。と返答したという。重い砲弾を発射させるためヴォルテックスグラインダーを内蔵している。これにより砲弾は確実に敵軍に直撃するようになった。
[編集] 装甲
タイガー重戦車で100mmだった装甲が+80mmと増加されなんと180mmに。関係者が当時イギリスから捕獲した野砲で実験したところ傷一つつかない頑丈ぶりに唖然とした人も多かった。また、マシンガンで至近距離から狙撃した開発担当の兵士もおり、そのマシンガンから放たれた弾丸をティーガーⅡの装甲版は悉く跳ね返した。更に、戦闘機の機銃で撃っても手榴弾を投げてもビクともしないほどにまで分厚いものだったのでドイツ兵の誰もが「ハイル・ヒトラー!!」と戦車工場に向かって叫んだという。
[編集] 実戦での戦果
早速、バルジの戦いにおけるアルデンヌ地方に投入される。あまりの大きさに、タイガー重戦車を扱っていた兵士達は驚愕して「でかい! でかい!」と騒いだ。ドイツの兵士達は、「タイガー重戦車で間に合ってるのにどうしてこんなバケモノを・・・・。」と言いつつアメリカの熟練戦車隊が待ちかまえる実戦に投入したところアメリカの兵隊は次々撃破される味方の戦車に士気を無くして逃走するか捕虜になった。また、スターリングラード攻防戦ではソビエトのT-34数十両がたった1両のティーガーⅡに突撃して半数を喪失して逃げ帰ったという話まである。しかし、連合国の大攻勢が本格化したことによる燃料の欠乏や不慣れな兵隊達によりギア関係の装置が破損したりとの理由でアメリカの戦車以上に放棄された。しかし、一部の機甲部隊は戦果と性能上の問題が山積みだったタイガー重戦車の経験を元に問題を克服した。
[編集] 派生型
- ティーガー(P)駆逐戦車
- 車体を流用して作った自走砲。事実上ティーガーⅡの車体に独自制作した火砲を積んでいるためアメリカのM36ジャンクソンですら紙吹雪のように吹き飛んだ。ただし、あまり生産されていない。愛称はエレファント。
- ヘンシェル・ティーゲルⅡ
- 後期に登場したヘンシェル砲塔仕様。角張っており装甲が分厚く前述したM26パーシング重戦車の砲弾すら軽々と跳ね返す。だが、重量が増加しており橋を渡れず(自重で壊れる)専用の戦車橋が必要だった。
- シュトルムティーガー
- 超弩級の大砲を搭載した車両で形式はエレファントに近い。ところが、軽戦車の生産が最優先されたため多く作られることが無く戦局に何ら影響を及ぼしていない。だが、記録上KV-1重戦車100両で編成された部隊を一撃で粉砕した。
- ヤークトティーガー
- こちらは超「ド」級の戦車砲を搭載した車両。ヒトラー、あんたはどこまで巨砲に拘るんだ?このまんま波動砲まで作る気なのか?ちなみに、戦局についてだが米軍の戦闘機を立て続けに撃ち落としたといわれる。
[編集] 連合国の苦悶
突如、タイガー重戦車に続くドイツ軍新鋭戦車に連合国は震撼した。当時の合衆国大統領・ルーズベルトは「我が国はどうしてこの戦車だけに頭を抱えなければならないんだ!!」と嘆いていたという。また、イギリスやソビエトは戦車開発のため必要な人材を主戦場からもぎ取らざるを得なくなった。なお、この一連の敗北危機が後にM26パーシング重戦車を生み出すきっかけにもなったという。その戦車が投入されるまでに初戦を控えていた多くの戦車兵に対して将校は「ティーガーⅠ/Ⅱに遭遇したら全力で逃げろ」と話していたという。
[編集] 他国での評価
[編集] イタリア
イタリアの陸軍における戦車開発は非常に劣っており、ドイツにてこのティーガーⅡが運用された頃には退廃していた。その為、なんとしてでも陸戦兵器の強化が必要とされた。早速、ムッソリーニは頭を下げてⅥ号戦車という暗号名で本車をドイツより凡そ2週間かけて100両ほど輸入。一定期間の間は連合国をパニックに陥れることに成功したがその後過ぎにムッソリーニが失脚しローマも陥落と言うことで儚くして最強戦車としての誇りは散っていった。
[編集] 日本
山本五十六らが率いる日本軍には当時、九七式中戦車と九五式軽戦車という2種類の戦車が主力として運用されていたがあまりにも戦車とは呼べない代物で「アメリカから強奪したM3軽戦車」が前2者より敵に対して猛威を振るってる始末。これというこれも、日本の戦車開発がイタリア以上に発展途上にあったためである。そこで、新戦車開発の為にドイツよりタイガー重戦車やパンター戦車らと共にこのティーガーⅡを輸入した。戦果は思った以上に高く、ジャングルを切り開いて出現するティーガーⅡやタイガー重戦車に恐怖したアメリカやイギリスの兵隊は瞬く間に逃げまくり立ち向かっていったM3軽戦車やM4中戦車などのほとんどが撃破された。だが、いずれにせよ敵から日本の戦車は脆弱と言われてることに変わりなく改めてこれらを元に三式中戦車や五式中戦車・大型イ号車が開発された。だが、物量の前では不利になるため燃料不足や南方作戦の腐敗も相まってしまったのは言われるまでもない。
[編集] 戦後
一部のティーガーⅡは他の戦車と共にアメリカに接収され博物館へ、現地でも何両かが静態保存されている。その他、一部のマニアが復元したという車両も存在する。興味がある人はgoogleで「アバティーン戦車博物館」と調べてみよう。また、ⅳ号戦車やタイガー重戦車と同じく70年代の日本ではまだ現役だったらしく(同時期に90式戦車の開発が始まったことに由来する)、こち亀において派出所に突っ込んできた車両が自衛隊が運んでいたティーガーⅡであったことから、70年代まで日本人にとっては親近感のある戦車だったといえる。また、あまり関係ないがⅣ号戦車やティーガーⅠも現役であったという資料がこち亀で見て取れる。余談であるがこのこち亀には主人公やメンツ以外のものは全て実在するものである。その他、ドイツの戦車の象徴として大概はこのティーガーⅡかティーガーⅠ・マウスなどの重戦車を指す人が多い。
[編集] 関連項目
- アドルフ・ヒトラー:開発責任者の一人。
- タイガー重戦車:ティーガーⅡの前身。
- マウス:ティーガーⅡの後継車。
- アバティーン戦車博物館:実車が見られる。
| ハイル・ヒットラー! このティーガーIIは、偉大なる我らがアーリア民族の築き上げた最高の文化的作品である! この記事を書き上げてこそ、ユダヤ人を殲滅できるのだ! この記事をつまらなくする者に宣戦布告を! ジーク・ハイル! (Portal:スタブ) |

