デモクリトス

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デモクリトスとは、古代ギリシャの哲学者。万物は(空虚)ケノンと(原子)アトムという、たった二つのものによって説明できると豪語した人間。唯物論者の先駆者などと言われたりしている。その最大の功績は、哲人プラトンを発狂させたことである。断じてクリトリスではない

師匠レウキッポス[編集]

彼はレウキッポスという人物の弟子であった。師匠であるレウキッポスについては、よく分からない部分が多いが、デモクリトスが提唱したいわゆる原子論の根幹を作り上げた人物である。しかし、その思想は荒唐無稽だと世間からは相手にされず、そっぽを向かれて淋しい生涯を過ごした。

デモクリトスの思想の殆どは、レウキッポスの思想を下敷きにしているという指摘もある。つまりパクリ疑惑がもたれている。だがデモクリトスはそんな師匠の不遇ぶりを「まあしょうがないよね」程度にしか思っていなかった。レウキッポスから吸収した思想を、自分の功績として宣伝したいために、特にレウキッポスの英名を宣伝することはしなかった。この恩知らずめ、レウキッポスは冥土で激怒した

思想[編集]

デモクリトスの思想とは、全ての物を分解してゆくとこれ以上分解できない原子(アトム)に辿り着く、そして、生命も世界も、あらゆるものはこの原子(アトム)から構成されている。そしてその原子が存在する世界として空虚(ケノン)があるというものであった。これは霊魂も、プラトンが提唱していた「イデア」なる概念も完全に否定した主張であったが、師匠レウキッポスと違い、デモクリトスは多弁であったため、この主張に説得力を持たせることがある程度できた。その結果、デモクリトスの思想はそこそこ浸透することとなった。

これにブチキレたのがプラトンである。デモクリトスの思想は、プラトンが提唱したイデアの概念を根本から否定するものであった。プラトンは発狂して、デモクリトスの書物を片っ端から焚書にしていった。その有様はこのうえなく見苦しく、その姿を見た何人もの弟子が、プラトンは偉大な哲学者などではなくただの嫉妬深いレスリング好きの変人であると悟って離れていった。

しかし、プラトンの焚書はそれなりに功を奏したようで、デモクリトスの著書が現代まで伝わることは殆どなかった。

笑う哲学者[編集]

デモクリトスの主張に則れば、人間の思考や感情なども、全てはケノンの中でのアトムの作用によって起こるものだから、人間に意思もへったくれもないということになる。彼は、人間は機械も同然であると主張していた。

こんな考えの人だからさぞや淡白かと思いきや、デモクリトス自身は非常に明るい性格の人間であり、駄洒落が大好きであった。またプラトン以上にレスリングも愛好した。そして100歳という長寿を全うしている。思想の妥当性はともかくとして、デモクリトスを嫌忌しその著書を焚書にすることに必死になったプラトンと、ひたすら明るく快濶に生きたデモクリトス、人間としてどちらの方が優れた人物であったかは、比べるまでもない。ちなみに古代ギリシャには、何でもかんでも悲観的に捉え、厭世観に囚われていた「泣く哲学者」ことヘラクレイトスという哲学者がいたが、中島義道は「この二人はもし知己だったら良いお笑いコンビになれていた」と評している。

旅好き[編集]

デモクリトスは旅が大好きであり、あちこちを漂泊しては色々と調べ物をしていた。無論、旅費が嵩んだが、旅費の捻出は旅先でであった人々に奢って貰うケースが殆どであった。デモクリトスは明朗な性格であったから、彼に金を奢ることを惜しまない人が多かったのである。

評価[編集]

科学が台頭し、宗教や神学が後退してきた現代では、デモクリトスを師匠と崇める学生が多い。しかし、デモクリトスの信者達は頭でっかちな唯物論者か、虚無感に取り付かれた無神論者ばかりで、デモクリトスのような明るい性格を持った人物は稀である。思想は模倣できても、その性格までもは模倣できない者が殆どである。

関連項目[編集]