トヨタ・カリーナ

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トヨタ・カリーナ(CARINA)は、トヨタが1970年から2001年まで販売していた、「足のいいやつ」だったのがいつしか「足腰よわったやつ向け」になったセダンである。

概要[編集]

当初はセリカのセダン版として売られ、「足のいいやつ」を名乗り家族持ちの走り屋向けの車として売られていた。そのうち、コロナと兄弟車となりカリーナEDにスポーツセダンとしての座を譲り、コロナ共々「足腰弱ったやつ向け」セダンとなった。

歴史[編集]

初代 A10/A30型 (1970年 - 1977年)[編集]

  • 1970年12月 - デビュー。この代から3代目まではセリカのセダン版だった。スポーツカーとプラットフォームを共用していた為に「足のいいやつ」を名乗るが、その当時スカイラインが4輪独立懸架だったのに対しカリーナは後輪コイルリジッドだった。しかし、当時の車は後輪リーフリジッドが多かったため、誰も気にしてなかった。4ドアセダンと2ドアセダンの2種類が選べ、双方の違いはそのまんまドア数の違いである。エンジンは1400ccのT型、1600ccの2T型、2Tにキャブレターを2基付けた2T-Bの3種類のみであった。
  • 1971年4月 - 2ドアセダンにツインカムの2T-Gを搭載した1600GTが追加される。いくら足が良くてもエンジンがアレでは意味がなかった事に気づいたと思われるが、上記の2T-Bとは10馬力しか違わなかった事に触れてはならない。
  • 1972年8月 - マイナーチェンジ。スポーティーなイメージで売るのに場違いだったコラムシフト車を粛清。筆者もこの記事を執筆して初めて知ったのは秘密。
  • 1972年12月 - 2ドアハードトップ追加。2ドアセダンとの違いは、ハードトップにはBピラーが無くなったお蔭でボディが脆くなり、何処かかっこいい。ついでに、家族持ちの走り屋の為に4ドアにも1600GTを追加。
  • 1974年1月 - マイナーチェンジ。2000ccエンジン搭載車を追加。顔をハードトップと同じにした。ハードトップに145psを発揮する18R-Gを載せた2000GTを追加。そのグレード名、何処かで聞いた様な気がする気にしなくて大丈夫である。
  • 1975年1月 - あの親父さんの所のCVCCを使わせてもらった2000TTC-Vを追加。2000ccにも関わらずグロス80馬力というスペックからして、走りはお察しください状態だったのは言うまでもない。以降、排ガスを綺麗にする為になりふり構わずにいられない時代だったため、カリーナも含めこの時代の新車は動力性能がお察しください状態となる。
  • 1975年10月 - マイナーチェンジ。ツインカムも含め排ガス対策の為に動力性能がお察しください状態となる。ただでさえ小排気量故に走らないのに排ガス処理装置で走らなくなるのが目に見えてたため、1400ccのT型エンジン搭載車があぼーん。その穴を1800ccの3T-U型を搭載したモデルで埋めた。
  • 1975年12月 - バンを追加。
  • 1976年3月 - 排ガス対策と燃費の為にはなりふり構わずにいられず、更に2T型エンジンをベースに燃料をケチっても動けるように改良した12T型エンジンを搭載した1600TTC-Lを追加。

2代目 A40型 (1977年 - 1981年)[編集]

  • 1977年8月 - フルモデルチェンジ。1600GTはインジェクション化されて排ガス規制に通り、2000GTはソレックス2連装の18R-GUであがくも、それぞれ110psと130psまで出力が落ちたため動力性能はお察しください
  • 1978年5月 - 2T-GEUを載せた1600GTが110psから115psまで出力向上。ようやくキャブ時代に追いつく。
  • 1978年9月 - 厳しくなる排ガス規制に観念し、2000GTはソレックスのキャブをぶん投げる。エンジンをインジェクションの18R-GEUに換装して135psには出力が上がる。

3代目 A60型 (1981年 - 1988年)[編集]

  • 1981年9月 - デビュー。この代からコロナと兄弟車になる。ようやく4輪独立懸架となる。
  • 1982年2月 - ワゴンのサーフ追加。翌年にハイラックスクロカン版に「サーフ」の名が流用される。
  • 1982年10月 - セリカとコロナ共々、いい加減使い古した18R-GエンジンをDOHC2バルブ2プラグターボの3T-GTEUに置き換え、2000GTから1800GT-Tに生まれ変わる。3T-GTEUは日本初のツインカムターボだが、DOHCエンジンを載せてなかったというだけでセリカに「名ばかりのGT」呼ばわりされたスカイラインに日本初のツインカム4バルブターボの座を奪われる。追い打ちをかけるように、1994年のル・マンでポルシェのグループCカーを魔改造した名ばかりのGTカーに、トヨタの旧グループCカーがボコられたのは愛嬌。
  • 1983年5月 - バン以外マイナーチェンジ。これまたいい加減使い古した2T-Gエンジンから4A-Gに載せ替える。豆腐屋の車と同じエンジンを載せてる為、より一層走り屋の餌食となるも、どういう訳か4A-G搭載車の方が生存率が高い模様。そしてAE86同様にAT210等の子孫からより新しい心臓を剥ぎ取って延命する個体がいたりする。
  • 1984年5月 - 後述する4代目を早く出したかったのか、その口実として一部グレードを削る。
  • 1985年8月 - スポーツグレードがFFの4代目に引っ越し、セダンの一部グレードとワゴンとバンだけが残る。
  • 1988年5月 - 全グレードFFへの引っ越し完了。ただし、引越し先は5代目である。

4代目 T150/T160型 (1984年 - 1988年)[編集]

  • 1984年5月 - カリーナ初のFFとして、3代目を市販してる最中に抑えきれずにセダンの量販グレードがデビューしてしまう。
  • 1985年8月 - スポーツグレードが3代目から引っ越してくる。1600GTと1600GT-Rは4A-Gのままだが、1800GT-Tが3S-Gの2000GT-Rに生まれ変わる。クーペはEDとして生まれ変わった。

5代目 T170型 (1988年 - 1992年)[編集]

  • 1988年5月 - 3代目と4代目からフルモデルチェンジ。3S-G搭載車が消えた。
  • 1989年8月 - Gリミテッドに搭載された4A-Gがレビトレに便乗してハイオク化され、120psから140psに出力向上。
  • 1990年5月 - マイナーチェンジ。4A-FEが、実用エンジンにも関わらずハイカム化された4A-FHEに変更され、105psから110psに微妙に出力向上。スポーツグレードは4A-G搭載車であるため、走り屋向けではないのは確実である。

6代目 T190型 (1992年 - 1996年)[編集]

  • 1992年 - デビュー。スポーツグレードが廃され、本当に足腰弱った高齢者向けとなってしまう。コロナとの違いが分からなくなるも、安いお蔭で高齢者に売れてた為トヨタは気にしてなかった
  • 1994年8月 - マイナーチェンジ。4A-FEがリーンバーン仕様の7A-EFに変わったものの、次代には引き継がれなかった。

7代目 T210型 (1996年 - 2001年)[編集]

  • 1996年8月 - デビュー。かつて排ガス規制でキャブをぶん投げざるを得なくなった悔しさを紛らわすために、4連スロットルと5バルブをブチ込んだ4A-GEを搭載したスポーツグレードを1.6GTとして復活させて「足のいいやつ」復興を目論む。結果はお察しください。なお、5バルブ4A-G搭載車として唯一の非カローラ系だった。その甲斐あってか、「羊の皮を被った狼」なおっさんセダンを欲しがる変態紳士の注目をあびることとなる。
  • 1997年11月 - 企業及び廉価グレードマニア向けにTi Eパッケージを追加。詳細は硬い方のサイトの当項目にあるが、コスト削減の為にEパッケージ専用装備が満載となっている。維持費低減の為とは言え、専用のハブ周りを奢ってホイールを5穴から4穴にするのはやり過ぎな気がするが、企業や廉価グレードマニアは気にしないどころか大歓迎した模様。
  • 1998年8月 - 最期のマイナーチェンジ。顔を替え、GTのMT車を6速化。Si Gセレクション以外トランクスルー出来ないが、GTはユーザーの不満を抑える為、トランクスルーの代わりに補強板をぶち込まれた。フォグランプ?あんなのは飾りですよ
  • 2001年12月 - 外見だけがスポーティーなアリオンに引導を渡され、31年の生涯を終える。

関連項目[編集]

カリーナED。
4370 large.jpg この「トヨタ・カリーナ」は、マイナーチェンジの案が出ています。マイナーチェンジして下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)