トヨタ・スプリンタートレノ

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トヨタ・スプリンタートレノ(とよた・すぷりんたーとれの)とは、スプリンターをベースに作られた、とうふ配達用兼エクストリームスポーツ用のクーペであった。兄弟車のカローラレビンの陰に隠れていた上に、最期はスプリンターシリーズの終演で他のスプリンターシリーズの車と共に生産中止という可哀想な終わり方であった……。

モデル概要[編集]

この車は、名前にスプリンターが付いてるとおり、スプリンターの派生車である。しかし、もっと言えばカローラシリーズの一員である。レビン・トレノ兄弟は、らき☆すたで言えば柊姉妹みたいなもので、レビンはかがみ、トレノはつかさと思っていれば良さそうである。だが、つかさ……じゃなかった、トレノは、ハチロクを除き常にかがみ……じゃなかった、カローラレビンの陰に隠れてた可哀想な奴。

歴代モデル[編集]

初代 TE27型(1972~1974年)[編集]

スプリンタークーペをベースに、ただのOHVエンジンをDOHCにしただけの手抜きエンジン…じゃなかった名機で知られる2T-Gを載せてカローラレビンと共にデビューした。2T-Gエンジンは、いじり甲斐のある名機であった。このエンジンのおかげで最高速度は190km/hまで出る。しかも価格は81万3千円。それでも買えなければスプリンタークーペの外装をトレノの外装に仕立てて、2T-B型OHVエンジンに載せ替えた「トレノジュニア」も用意されたのでとりあえずは大ヒットした。トヨタのマーケティング戦略の勝利である。しかし、ここからカローラレビンの陰に隠れた可哀想な子としての歴史も始まった……

2代目 TE47型&TE61型&TE65型(1974~1979年)[編集]

フェアレディZをパクった2代目スプリンタートレノ。

常にカローラレビンの陰に隠れて可哀想だったこの車の中で一番可哀想だったのが、この2代目である。「ちっちゃくて軽かった初代とは違い、大きくて重く、しかもフェアレディZをパクったデザイン」となってしまったのだった……。詳細は後述。

TE47型(1974~1975年)[編集]

オイルショックと排ガスの汚さを口実に、お上から「生産やめろやゴルァ!」と脅され、頭のおかしいばばあの集まりからも「臭いゴミ」と馬鹿にされ、脅しと侮辱に屈したトヨタは渋々兄弟車のカローラレビンと共に生産中止にせざるを得なかった。そのため、デビューしてたった1年で生産中止、という悲惨な運命をたどった……。

TE61型(1977~1978年)[編集]

しかし、トヨタは諦めなかった。珍走団走り屋という大きなユーザーが待っていたためである。そして、生産中止から2年で新たに「TE61」と言う形式名を与えて兄弟車のカローラレビン(こちらはTE51という形式である)と共に復活したのだった。しかし、馬鹿なねーちゃんに「臭い」と言われないように排ガス処理デバイスをふんだんに採用したために、更にKONISHIKI一人分重くなってしまったのだ……

TE65型(1978~1979年)[編集]

復活からたった1年で更に更に不幸が襲いかかった……より厳しくなった排ガス規制をクリアさせるためと、何よりもお上に脅されるのをおそれて排ガス処理デバイスをさらに搭載した為に、更に重くなってしまったため、今時の軽に抜かれてしまうほど遅くなってしまった……これで初代のTE27型と比べて車重は朝青龍2人分重くなってしまったのだ……ちなみに、あまり関係ないが、形式名は「TE65」に改められた。

3代目 TE71型(1979~1983年)[編集]

でかくて重くてとてもスポーツカーとは呼べなかった先代から、足回りが進化した。トラックから流用したも同然のリアサスペンションから当時の平均的な乗用車と同じリアサスペンションに進化し、タイヤもミシュランのグリップの良いやつが採用された。これでとりあえずは峠で警察から逃げやすくなった上、普通に走っても楽しめるようにはなった。

4代目 AE86型(1983~1987年)[編集]

スプリンタートレノがこのモデルで復活し、ようやくスポットライトの明かりを浴びることが出来たのだ。2T-Gエンジンとはおさらばし、ヤマハと共同開発した低速トルクがスカスカな…いや名機と呼ばれる[要出典]4A-GEエンジンを搭載し、更には軽量化もしたのだ。その上に、あの豆腐屋の親子がいろんなハイパワーマシンを峠の下りでフルボッコし、影響を受けた厨房が買いあさって一躍人気になった。それと、環状物漫画にも出てきている。関係ないが、人造人間物アニメの映画にもちょっとだけ出てきた。4コマ漫画原作の某アニメにもランエボⅤと共に出たとか。そして、チューニングはエンジンだけでも、4連スロットル化、ターボ化、スーパーチャージャーエンジンを92や101から換装、5バルブエンジンを101や111から換装、挙げ句の果てにはスカイラインGT-RのRB26DETTエンジンやRX-7ロータリーエンジンに載せ替える・・・など、いろんなバリエージョンを確立した。しかし、これが最初で最後の注目となった……。FRとしては最後のスプリンタートレノだったからである……。詳細はこちら。ちなみに、この代に押し出され、空気になったスプリンターの顔はレビンのパクリである。詳しい事は「トヨタ・スプリンター E80」で画像検索でググレカス

5代目 AE92型(1987~1991年)[編集]

このモデルでスプリンタートレノはFF(前輪駆動)になった。と言うのも、エンジンをハチロクに移植するためのドナーとして生み出されたからだ。そのせいで、このモデル以降は86の陰に隠れる運命をたどる羽目になってしまったのだった……。折角スーパーチャージャーエンジンを載せたのだが、そのエンジンを86に載せ替えられる運命をたどるのだった……。因みに、92以降の信者は86にエンジンを抜かれているため86を嫌っている者が結構いる。

6代目 AE101型(1991~1995年)[編集]

このモデルから、4A-GEエンジンは4バルブから5バルブに進化し、140馬力から160馬力に進化した。スーパーチャージャー付きの4A-GZEエンジンも160馬力から170馬力へ進化し、4A-Gシリーズ最強のエンジンとなった。フロントサスペンションには「ストラット最強」を目指してストラットサスペンション最強のグリップと整備の手間を両立したスーパーストラットサスペンションを採用した。しかし、2代目の次に可哀想だったのが、この6代目である。バブルの影響で更に太って、シリーズ一のピザ車になってしまったのだった……。折角エンジンがパワーアップしたのに重くなったボディが相殺してしまっていたうえに、先代同様エンジンをハチロクに移植するためのドナーとして産みd(ry……。ダメだ…可哀想すぎて言葉が詰まって上手く言えません……。

7代目 AE111型(1995~2000年)[編集]

AE121.jpeg

筆者[誰?]が一番好きなトレノであり、悲惨な運命をたどったスプリンタートレノ最後のモデルである。バブルがはじけコストダウン最優先の指示が出たためにあらゆる無駄を排除し、それでいてエンジンを先代から5馬力進化させ、先代から70kg軽量化したのだ。おかげでピザだった先代とは大違いの軽快な走りを実現させた。その証拠に、前期型はベストモータリングでの筑波サーキットのラップタイムはシビックタイプRが出るまではテンロクでは最強だった。しかし、もう時代がそういう車を求めていなかった。1997年には、もうこの車に未来はないと感じた開発者は有終の美を飾りたくて、顔とケツを整形し、マニュアルミッションを5速から6速に進化させ、エンジンの工作精度を上げたり、大金ばらまいてグランツーリスモに収録させたり、好き勝手にやりまくった。しかし、奇跡は起こらなかった……。不況下のドライブユーザーはコストの安いコンパクトカーや値段のわりにごついクロカン、大量のDQNと空気を運ぶためのDQNミニバン(ステップDQNなど)に流れていたのだった……。おまけに、乗員の命を守るために、少し重くなってしまったのだった……。個人的には1㌧切って欲しかった。重量税も安くなるし。さらには、ライバルのシビックが同じテンロクNAなのに185馬力も出るタイプRを出してきたし、同じくライバルであるミラージュもテンロクNAのくせに175馬力を出している。しかし、レビン・トレノは以上2車に対し

  • ボディ剛性が高い
  • スロットルバルブの数が多い(1気筒あたり1個の4連スロットル)
  • バルブの数が多い(1気筒あたり5バルブの20バルブ)
  • (後期型に限って言えば)以上2車より1速多いミッション(6速マニュアル)
  • 腕が立てば以上の2車をフルボッコできる足回り

などなど、見るべきポイント、潜在能力はあった。 だが、エンジンの馬力が高い方ばっかりにしか目がいかない厨房には見向きされなかった。されてもハチロクにエンジンをドナーとして移植されるだけだった……。この車の元々の目的がそれだから・・・・

関連項目[編集]

4370 large.jpg この「トヨタ・スプリンタートレノ」は、マイナーチェンジの案が出ています。マイナーチェンジして下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)