トヨタ・MR2

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トヨタ・MR2(とよた えむあーるつー)とは、トヨタが日本で初めて作ったミッドシップエンジンの戦闘機である。

概要[編集]

1984年にデビュー。とりあえず「セレクタリーカー」(秘書向けの車)として出したが、誰がどう見てもスポーツカーであった。それを指摘されたトヨタは次々とこの車に魔改造を施していったのである。あと、よく「MR-2」と書く間抜けがいるが、あくまでも「MR2」である。ヘッドライトの出し方から明らかにフェラーリを狙ったような形で起用されたが次第に欠陥が生じたため走る棺桶ならず走れぬ棺桶という渾名を付けられた。

歴代モデル[編集]

初代 AW11型(1984-1989年)[編集]

通称・AW。

1984年デビュー。当初は「若い女性のファッショナブルクーペ」的な車として出したが、それはあくまでも3A-Uエンジン搭載車の「S」であったのは間違いない。上級グレードの「G」は4A-GEエンジンをミッドシップマウントして、2シーターである時点で明らかにスポーツカーのパッケージングで、若い兄ちゃん達がすぐ飛びついた。それを見たトヨタは、1986年に戦闘機から流用したスーパーチャージャーエンジン搭載車を追加。またもや若い兄ちゃん達が飛びついた。その約10年後、まだ免許も持っていなかった元陸上部員の女子高生が解体所に置かれていた青いこいつに10万円で飛びついて、「ミスター」と名付けた。

2代目 SW20型(1989-1999年)[編集]

通称・SW。とは言っても警察無線のことではない。

1989年デビュー。「若い女性向けのファッショナブルクーペと言っても走り屋が飛びつくだろうし、スイーツ(笑)どもは飛びつかないだろうから」と、トヨタは最初から吹っ切れて、この車を特攻用の人間爆弾として開発した。225馬力(後に245馬力に進化)を発揮する3S-GTEを搭載しているにもかかわらず、ベース車となったコロナカリーナから流用した疑惑が持たれている軟弱な足回りと、セリカのものとおぼしきブレーキを装着している上に、タイヤはレビントレノのごとく14インチで、危ない薬でキメているのにLSD(リミテッド・スリップ・デファレンシャルギア)が付いていない代物で、明らかに走り出したら即、死に繋がるまさにカミカゼ特攻隊戦闘機のごとき作りであった。そのことから反戦団体から「若者の未来を奪う戦闘兵器を作るとは何事か」「軍靴の足音が聞こえるような気がして夜も眠れない」「戦闘機のエンジン音が聞こえるような気がしt(ry」などとイチャモンを付けられ、トヨタはしぶしぶMR2をスポーツカーとして作り直した。その後の度重なる改良でFDのようなハンドリングカーになった。しかし、改造次第では600馬力オーバーの怪物に変貌するため、反戦団体の連中共は未だに満足に夜も眠れないでいるとか。

1999年、国内ではMR-Sに世代交代。しかし、海外では3代目MR2として売られていた。ということで以下でMR-SをMR2としてそのうち解説する予定である。

欠点の露呈[編集]

最初は小型版フェラーリと巷の間で囁かれていたMR2であるが,次第に欠点や問題点が露呈した。まず,車体が低いため山道の走行に不向きであることだ。走り屋といえば大概峠でやることが鉄則でありその事は頭文字Dサーキットの狼の影響によるもの。従って,この車で峠を疾走すると次第に車体が擦れていき最終的には燃料タンクに貫通してしまうと言う致命傷が発覚した。また,後期仕様が出た時代はフェラーリから国産のスカイラインなどにブームが変わりつつあり飛び出し式のヘッドライトは飾りに過ぎなくなった。更に,不整地走行が出来ずすぐ走行不能になってしまうため多くのファンから次第に敬遠された。現在,殆どの車両は廃棄処分されたがカンボジア北朝鮮では輸入された凡そ200両ほどが動いておりいずれもお国事情で快調な走りはしていないらしい。

関連項目[編集]


4370 large.jpg この「トヨタ・MR2」は、マイナーチェンジの案が出ています。マイナーチェンジして下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)