トーク:ジョン・メイナード・ケインズ

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利用者:駄犬かく|みる氏によって書かれた部分ですが、調べてみても元ネタが解らず、どこにユーモアやウィットがあるか不明です。単なる書き殴りのような気がしますが、私は門外漢なので元ネタの提示をお願いします。1週間で誰からも意見が出なかった場合、あるいは元ネタが解っても、ユーモア皆無の場合は該当部を差し戻します。
何かパンケーキの文体と酷似しているような気がするのは、私の気のせいでしょうか?-- by CatofsignatureofMuttley.png Muttley /Talk/ Track 2017年5月23日 (火) 05:27 (JST)
本人の弁明

> どこにユーモアやウィットがあるか不明です。

素人なので「お前のギャグはつまんねぇ」と言われてしまうと辛いのですが… 一応、元ネタというかギャグの説明をさせてもらいます。こういうのって恥ずかしいですね。 ちなみに私は投稿自体が初めてなので、別人です。

前提として、元々の投稿の「古典派=放置プレイ萌」「ケインズ=神」という前提がある事から始めさせてもらっています。対立する供給側の経済学(放置萌え)にも一定の配慮もしたつもりなのですが、配慮が足りずユーモアに欠けるのならば、ぜひ誰かに面白おかしく書いてもらえたらありがたいです。

流れとしては、ケインズを中心とした一般的な経済思想史で書かせてもらいます。確認をしたわけではないですが、元ネタはどのような書籍でも同じだとは思います。一応、放送大学叢書「西部邁の経済思想入門」を挙げておきます。放送大学叢書は放送大学で実際の授業で用いられたテキストを再録したものでありますし、西部邁氏自身はケインズよりもハイエクの方が好きなようですから、偏り過ぎではないと思います。

ご存知かもしれませんが、ケインズ評に関しては学者の立場によっていろいろ歪められている(ケインズ派、反ケインズ派双方が互いに相手に対してゆがめていると主張しているので決着がつく話ではない)ので、ケインズの項目ですからケインズ派の意見を尊重して書きました。他の記事を見てもアンサイクロペディアはウィキペディアと違って中立であろうとはしていないので、寄り過ぎは良くないかもしれませんが、中立に書き過ぎなくても良いかと思ったのですが。

> 一般的に知られているケインズの物語はシェイクスピアのハムレットのようだと言われている(ただし王子は登場しない)。

> ケインズは経済学者の奴隷として生まれたが、奴隷であることに我慢できず(誤解によって)革命が起こり、神の座にまで昇りつめた。

ポスト・ケインジアンのハイマン・ミンスキーが「To understand Kyenes it is neccessary to understand his sophisticated view about uncertainty, and the importance of uncertainty in his vision of economic process.Keynes without uncertainly is something like Hamlet without the Prince(2008)(ケインズを理解するためには、彼の洗練された不確実性に対する見解と、経済過程のヴィジョンにおける不確実性の重要性を理解する必要がある。不確実性のないケインズなど王子のいないハムレットだ)」書いたのを少し改変させて書かせてもらいました。ケインズの一般理論は古典派流に再解釈(ハンセンやヒックスなど)されて、ケインズ革命と呼ばれた革命が起こりました。ケインズは不確実性が重要なのだということを知ってもらうために、『雇用の一般理論』をThe Quarterly Journal of Economics, Vol. 51, No. 2 (Feb., 1937)へ再度出版しました。そして、ケインズの元々の解釈に戻ろうとした流派がポスト・ケインジアンです。

もちろん、ケインズは奴隷として生まれた訳ではなくて、むしろエリートとして生まれた訳ですが、彼は、人間は経済学などの過去に流行った三文学説の奴隷である、というようなことを述べています。ケインズは経済学者の子供でしたし、その軛から脱しようとしてそのような発言をしたのだと思います。

> そのため、様々な二面性、両義性を持つ。彼は自由奔放を批判したが、社会主義も嫌悪していた。ロシア人のバレエダンサーを妻に娶るが、ぴーでもあった。 ケインズは、ケンブリッジ大学で子鬼の弟子となり経済学の本質を道徳科学であると見抜いていたが、彼自身は不道徳者だった。そのインモラルなパワーによって相手に黒い夢を見させることができた。

もう少し、色々例示しようかと思ったのですが、とりあえず面白い逸話をいくつかピックアップしました。彼はリディア・ロポコワという女性と結婚して、彼女の故郷を訪れました。『ロシア管見』で「赤色ロシアは嫌悪すべき点が多すぎる」と書いています。その割には社会主義には理論的に間違いはないとして、計画主義的な部分を擁護していますし、ケインズ自身はイギリスの自由党員でした。彼は終生、計画(統制経済)と自由の間で悩んでいたようですね。ケインズはバイセクシュアルですね。ホモだとして放送禁止と書いたのは寄りすぎかもしれません。概要における統制経済を進めているともいえるという部分は言い過ぎであると思いましたが、前に書かれた方を尊重して残しておきました。

またケインズは「福音派道学者の子鬼」とよばれたアルフレッド・マーシャルの弟子となった影響か、経済学はモラル・サイエンスであると言っていますが、自分自身で私は不道徳であると言っています。秘密倶楽部「ブルームズ・ベリー」に所属している(その割に彼はこのクラブの気取った感じが好きではなかったという二面性もありますw)のですが、そこで小説家のローレンスが余りの不道徳ぶりに苦痛と敵意と憤怒で気が狂いそうになるくらいのゴキブリの夢を見させられたと書いていますw

この辺はバランスをとるためにあえてケインズを貶める内容を書きました。この辺の話を掘り下げればもう少しユーモアのある話(もっとも、史実がユーモアとウィットだらけなのでわざわざ面白く書く必要もありませんがw)になるかもしれません。 その意味でもケインズの話は「真実をかいてしまった記事」でも良いのではないか、と思っています。

> 新放置プレイ萌え派は「賃金の切り下げを行え」と言った不適切な提言しかできなかった。要するに変態なので「苦しい時は、もっと縄で縛って鞭で叩きなさい」としか言えなかったのである。反対にケインズは、「みんなが萎えている時には政府が適切に行動すれば解消できる」という短期の理論を形成した。そして、経済界にケインズ革命とまで呼ばれた偉大な革命を起こし、彼は救世主となった。

カール・メンガー、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ、レオン・ワルラスなどによる限界革命により、古典派は新古典派となっていました。ですので、放置プレイ萌え派(古典派)は新放置プレイ萌え派(新古典派)に対応します。新古典派の理論では、経済は均衡していますので、恐慌は供給過剰が原因であるとして賃金の切り下げの提案をしました。これもお笑いですが笑えない事実ですね。不均衡状態でも経済の安定が起こり得ることを書いたのがケインズであり、これは日本の20年のデフレ不況をみれば明らかであると思います。有効需要の原理を概要にそって少し変えていますが、ここはケインズ理論の説明です。また、ケインズの理論は短期理論であり、それを長期的な理論にしようとしたのがポスト・ケインジアンです。デフレ不況を救ったのは、確かにケインズであると思うのですが、ケインズ殺しをしようとする新古典派(前に書いた方によると放置プレイ萌え派の変態)は認めないのでしょう。ですが、それだとケインズの記事自体を削除することになってしまうでしょうから、ケインズ寄りの意見でも良いのかと思い書かせてもらいました。

> ケインズの戦闘力は高く、新放置プレイ萌え派を次々と撃破していった。

事実、彼は論戦に強かったようです。年下に反論されると不愉快な顔をした(ハイエク)という部分もあるようですが。

概要において、少しだけ訂正させてもらった部分、 彼等は「放置プレイこそ至上! 長期的に放置すれば気持ちが良いことは証明されている!」と強弁したが、「長期っていつ来るんだよ?その前に俺たち全員死ぬだろ」とケインズが軽快なブリティッシュジョークを飛ばして反論 はそちらの方が面白いと思ったので、実際に彼が言った言葉に近くなるように変えさせてもらいました。

> 第二次大戦中の1944年7月、ハリー・デクスター・ホワイトという名前に反して真っ赤な男とアメリカ・ニューハンプシャー州のブレトンウッズで後の世を決める大決戦を行った。その時の負傷でケインズは1946年に63歳の若さでこの世を去った。

ブレトンウッズ体制の時の話し合いより。確かにホワイトがソ連のスパイであったかどうかは限りなく黒に近いですが確定はしていません。ですが、ソ連とつながりがあったのは事実のようですね。この時の心労がたたって、心臓の病でケインズは亡くなっています。

> ケインズは著作『わが孫たちの経済可能性』において、「大きな戦争や人口の極度の増加がないとすれば、経済問題は百年以内に解決するか、少なくとも解決が視野に入ってくる」と結論付け、後の人類が働く必要がなくなってしまってニートで暇すぎて悩んでしまうことを本気で心配していた。

ケインズの著書「わが孫たちの経済可能性(Economic Possibilities for our Grandchildren[1930])」より。ネットに山形浩生氏の訳が公開されていますが、(彼の訳は少しだけ恣意的に訳されている部分があるようですが)おそらく言っているとことは変わらないと思います。該当部分だけは引用させてもらいましたが、山形氏の「孫たちの経済的可能性」は未読です。すみません。

> ケインズと同時代に、ハイエクという対立するもう一柱の神が存在した。現実主義者であったケインズに対し、ハイエクは放置プレイをこよなく愛し、世紀末の覇者になるべく自由のユートピアを司る神となった。

反ケインズ派に考慮して同時代のライバルであるハイエクを神としました。日本には池田信夫氏をはじめとしたハイエキアンも多いですので。

> ハイエクの信徒であるフリードマンが「でもあんまり過保護なのも良くないよね?」と言ってマネタリズムという少しだけ違った放置プレイ萌えが誕生した。そんな軽いノリのマネタリズムの考え方は「結論が反証されなかったら、前提や仮定なんかはどんなに非現実的でド変態でも良いよね?」というものであった。巧妙に恥部を隠して人前に出ることで興奮を覚えるタイプの陰部暴露症患者である。フリードマンはオイルショックの混乱に乗じて新貨幣数量説を統計学を用いて見事に証明して見せ、様々な前提を隠しつつ、ケインズを抑え込むことに成功した。

フリードマンはハイエクの弟子筋にあたりますし、彼の理論は新古典派であるワルラスとほとんど変わりません。貨幣数量説に資産選択途中であるという理論をくっつけて新貨幣数量説を提唱しました。ですので、ほとんど同じですが、少しだけ違った放置プレイ萌(古典派)であるという表現にしました。また、フリードマンは自然失業率仮説も提唱しましたが、それは長期的に見れば解決するという、放置萌えの理論ですね。 ここは```「でもあんまり過保護なのも良くないよね?」```という元ネタを引き継いで膨らませた形にしています。軽いなーと思ったので、そのノリを引き継いだのですけれど。フリードマンは「結論が反証されなければ、過程や推論は理論の妥当性とは無関係である」と考えており「仮定の無関係テーゼ」に依拠しています。貨幣数量説はその貨幣注入経路を欠いており、そのことを隠していました。そこを突っ込まれると「ヘリコプター・マネー」というあり得ない過程を持ち出して話を誤魔化しています。これが仮定の無関係テーゼですが、元々の方が古典派を揶揄して放置萌えの変態としていたので、それに倣ってありえない仮定を隠しながら、大々的に発表する部分を指して同じ変態カテゴリの陰部暴露症がピッタリだと思いました。

今の経済学界で(新)貨幣数量説を唱える人はいない(すぐに反論されるため)ですし、隠されていますが現実的にありえない仮定(だから仮定の無関係テーゼなんですけど)なので、この部分は悪し様に書いても良いだろうと判断したのですけれど問題があったということなのでしょうか。統計学のリンクを嘘に貼ったのは、「世の中には3種類の嘘がある: 嘘、大嘘、そして統計だ」という言葉から、面白いと思ったので貼りました。Wikipediaの「嘘、大嘘、そして統計」参照。


> ちなみに、この暗黒時代にブキャナンから端を発した「財政赤字が膨らみ財政破綻が起きる」という嘘が未だに信じられている。

財政破綻が起きるかどうかは経済学説に依ります。最近は、日本の財政破綻は論理的に不可能であるということは人口に膾炙しつつあるので、嘘に経済学のリンクを張りました。 実際にこのスタグフレーションの時期において、ケインズ経済学ではスタグフレーションの解決策を示せないために、ケインズ経済学に対する不信が強くなっていた時期でした。ブキャナンが「公共選択の理論」を展開したのはこの時期ですし、財政赤字が問題視され、サッチャーやレーガンなどを初めとして世界中が(日本を除き)新自由主義経済学へ舵を切りました。

> そして、ルーカスというさらに先鋭化した変態が登場してケインズを強く批判し、神殺しを達成する。彼らは「全てを見通せる」と主張し、セクシーなモデルを妄想するだけで気持ちよくなれるという境地に至った。現実からのテイクオフである。放置プレイ萌えの変態達は自らを新しい放置プレイ萌え派と名乗り、またしても自分達の性癖を社会に押し付けることに成功した。

完全に「ケインズは死んだ」と言われたのはこの時期からだと思います。手厳しい「ルーカス批判」によってケインズ経済学は捨て去られました。あらゆる情報を使って経済を予測する(全てを見通せる)とした合理的期待形成学派が誕生しました。ルーカスの批判は、主にケインズ経済学にミクロ的基礎づけがないことと未来の予測ができないことでした。ですので、経済学界の主流は、モデルを使って未来予測が可能でなければならないという流れになりました。一応、数学を使ったセクシーなモデルと、前からの投稿の流れである変態的な意味の「セクシーなモデルの妄想」をダブルミーニングにしています。 古典派(放置プレイ萌え派)をこの辺の流派から「新しい古典派」と呼ぶので、新しい放置プレイ萌え派としています。


> もはや隠す必要もない。レッセフェールな時代の再来を喜び、新しい放置プレイ萌え派達は自由の旗を掲げて、自分たちの性癖を最大化するために努力して社会を改革していった。そして経済学は貨幣すら不要となり、物々交換経済にまで進化した。

新自由主義経済の項目を見ても否定的に書かれていますし、世界的に蔓延しているありますから、それに合わせたつもりです。 経済学において貨幣が不要というのは、今最先端(少し下火になっていますが)の動学的確率的一般均衡モデルにおいては貨幣は登場しません。物と物の取引量できまるとされています。リアルビジネスサイクルモデルでも同じです。貨幣は登場しません。物々交換の世界ですね。

> そんなソドムにも2008年、リーマン・ショックが起こり、世界中で救世主の登場が望まれた。ケインズが再注目を浴びている。 > 多くの経済学者がケインズ以降、経済学が進歩していないことに気付いた。 > 日本では20年近くもデフレ不況を続けているが、このままケインズ経済学が復活して当たり前のことをやれば脱却から再び成長軌道に乗ることも十分に可能である。 > 妄想ではなく、現実へ回帰する時代が再び到来するのだ。

背徳の街ソドム。新自由主義の世界のことをそう表しました。 リーマン・ショック後にポール・クルーグマンやローレンス・サマーズなどがケインズ経済学以降経済学は進歩していないというようなことを言っていたと思います。 ケインズ経済学に注目が集まったのは事実だと思いますが、再興しようとするケインズを潰そうという流れも強かったと思います(世界的に見ても)。クルーグマンも似たような様の事を言っていたと思います。 長引くデフレ不況に対して、ケインズ経済学側の論理で行けば、「デフレ脱却にはケインズ経済学がてき面に効果がある」と思っているでしょうから、ケインズの項目にはこう書きました。


> もはやこれまで > リーマンショック後の日本は徳川の埋蔵金探しを始めた。そんなものはないと分かると、次はJK(ジョン・M・ケインズ)はJKでも、ただ単に制服を着ただけで詐欺のJKリフレが流行り、お金を渡せば気持ちよくなれると啓示を受けた暴徒たちがギャンブルに熱狂した。

> あーあ

徳川の埋蔵金探しは民主党の埋蔵金探しのことです。民主党については悪し様に書かれているようなので、良いかと思たんですけど。 リフレ理論については、もうブームは去ったようなので(今はシムズ?)、ウィットな表現にしました。経路はともかくとして、金融緩和によってデフレ脱却が可能であるという論旨は古典派と変わらないし、リフレ理論はケインズ経済学も基礎にしていると主張されています。リフレ派にもさまざまな論者がいるようで、それこそ元ネタ(出典)が分からないのですが、岩田規久男氏のリフレ理論に基づきます。 新古典派と新しい古典派の間に、ポール・サミュエルソンによる「新古典派総合」という流派があったのですが、それはまさにリフレ理論と同じように「短期はケインズ、長期は新古典派」という水と油を無理やりくっつけたような理論体系でした。リフレ理論はケインズとマネタリズムをくっつけただけで、経済学者の中には懐疑的な人(古典派の人を含めて)が多かったそうです。そのためリバイバルな意味を込めて制服を着ただけで中身はおばちゃんの詐欺のリフレ(リフレ)という”放置プレイ萌え派の変態”を引き継いだ別の形にしました。株がギャンブルであることは明白ですし、まさに日銀が金融緩和するか否かというギャンブルな暴徒に浮かれてプチバブルを喜んでいた状況であったようみ見えます。

今の日本の景気は良いとは言えません(統計上)し、微妙なところだとは思いますね。なので、ネットでケインズを主張している人の間で「あーあ」や「もはやこれまで」が流行っていたのでつけました。リーマン・ショック直後の日本ではケインズ理論が一瞬流行りそうな気配はありましたけど、今は難しそうです。

中立的にバランスを取りつつ、元の記事から逸脱しすぎない程度に控え目に書いたつもりなのですが…全ての元ネタを示すことは難しいですし、不明な点や間違い等があれば教えて頂けると助かります。--駄犬 (トーク) 2017年5月23日 (火) 22:47 (JST)

お疲れ様です。少なくとも一般受けするネタではなさそうなので差し戻させていただきました。-- by CatofsignatureofMuttley.png Muttley /Talk/ Track 2017年5月23日 (火) 23:04 (JST)

今後の方針として、どの部分が一般受けしないのか運営として掲示してください。ケインズの歴史については一般的(史実)でありますし、他の有名な記事、ルーデルなど関しても一般性はないと思われますが。また、一般受けするように経済学の理論的な部分にはあえて踏み込まない様にしておりますし、以前の記事とそう大差がない様に感じます。一体何が問題であったのか基準がさっぱりわからのですが、皮肉が不足していたのでしょうか?--駄犬 (トーク) 2017年5月24日 (水) 01:34 (JST)

約5,000バイトの記述に、約22,000バイトも使って説明しなければならないような記事は、その時点で不要ってことです。ルーデルの記事は事実ですが冗談のような事実だから面白いのです。長文書き連ねて説明する前に他の記事を勉強なさってください。-- by CatofsignatureofMuttley.png Muttley /Talk/ Track 2017年5月24日 (水) 05:31 (JST)
首尾一貫した理由に納得が得られました。知識教養に溢れる頭の良い運営様を満足させるような記事は難しいということですね。回答ありがとうございました。--駄犬 (トーク) 2017年5月24日 (水) 19:58 (JST)