ドット絵

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索

ドット絵(-え)とは、少数の人間にとって宇宙であり、ノスタルジーであり、創造の原点であると主張されるが、大多数にとっては程度の低い落書きであるとされるもの。また一部の人間にとってドット絵を愛する者は懐古厨と非難し、忌み嫌う者もいる。

定義[編集]

ドット絵の定義は特に決められているわけではないが、「ドットの形状は一定であり、繰り返し並べることで敷き詰めることができる形状である」「1つのドットは必ず1で塗られている」という条件は一応のコンセンサスが得られていると言っていいだろう。これによると、例えば写真を並べることで1つの絵画とする作品はドット絵とはみなされないし、様々な形のガラス片を敷き詰めて作られたステンドグラスは全くの別物となる。しかしこれはビデオゲーム黎明期に氾濫したドット絵が多くの人間に与えた先入観であり、実際にはドット絵が普及し始めた頃はその定義はもっと広汎であったとされる。

歴史[編集]

ベクタスキャン画像。有史以前の作品

ドット絵の歴史は古く、人類文明の黎明期から存在していたとされている。自然の有象象を簡潔に表現する方法として、またその規則正しい表現から様式美的な方法として、ドット絵は利用されてきたようだ。同様に古来から利用されてきた歴史がありドット絵と比較される画法にベクタスキャンがあるが、この2つの画法は文化の成熟に連れて移り変わっていくとされている。古代文明における絵画の多くはベクタ画像である。ベクタスキャンは直線の組み合わせによって作られる画像であり、その描写密度は高くなかった。文化が成熟するに連れて、同じ題材を扱った作品でもベクタ画像からドット絵に移り変わっていくことが文化史のなかでも明らかとなっている。人類の文化の成熟とともに発達してきたことから、ドット絵の普及は文化の証とまで言われている。

穀物の畑に描かれた画像。こちらはベクタスキャン画像であり、円を組み合わせた原始的な表現である。
後の時代に作られたドット絵のほうが、より計画的かつ知性的な作品となっていくことが見て取れる。

日本でも製品などではドット絵の技法が古来から使用されてきた。京都・西陣では洗練されたドット絵の文様を使用した西陣織が伝統工芸品として現在でも作られており、その立体感や動きを感じさせる作画を作り出す高度な技術は世界へと発信されている。世界最大のビデオゲーム会社の本社が京都にあることも必然的な流れであった。

ドット絵による一枚絵。この様なクオリティの高いドット絵が家庭用コンピューター用ゲームを中心に制作された。主にエロ方面で。

以上のような、特に日本古来から発達していたドット絵の素地は1980年代のビデオゲーム隆盛によって花開く。ドット絵なくしてはビデオゲームの制作は不可能であり、キャラクタといわれる小さな作品のみならず、大きな一枚絵もまたドット絵で制作することが求められたのだ。ゲームのデザインはキャラクタ単位の組み合わせにより構成されるミニマムな流れと、大きなグラフィックとしての流れの二つに分かれ、同居していくことなる。しかしビデオゲームにおける解像度と処理能力の上昇に伴うにつれてこれらドット絵の居場所は少しずつ減少していくこととなる。キャラクタとしてのドット絵はゲームとしての視認性や操作性の利点、アイコンなどの別の利用法が存在するといった理由で生き残ったが、一枚絵としてのドット絵は解像度の上昇した美麗な画像が使用できるようになってから駆逐されてしまった。これ以降、ドット絵と呼ばれるものはアイコンのような小さな画像に利用されるものという認識が定着することとなる。

ドッター[編集]

ドット絵を描く人のことをドット絵師、あるいはドッターという。ビデオゲームの制作のため業務として描く者や単に趣味として描く者など、ドッターを名乗るための条件は、ドット絵の定義と同様にあいまいである。 ドッターは多くの場合、その作品を制作するにあたって大きな制約をかけていることが多く、厳しい条件の下でよい作品を作るほど賞賛されるものであるとされている。

  • ドット数 ― ビデオゲームやアイコンで使用されている16×16、32×32といったドット数で制作する。これは実利上でもドット絵の定義上でも、もはや必須の条件である。
  • 色数 ― 初期のビデオゲーム、アイコンでの制約である16色を条件とする場合が多い。ここからさらに、下地となる透明色を除き15色とする場合もある。
  • パーツ毎の汎用性 ― 制作するものが人物などであった場合、髪の毛や手足といったパーツを別々に描く技術。パーツを別なものに変えることで、統一感のある別なドット絵をシステマチックに制作することが可能となる。ドットアニメーションを制作する場合は必須の技術であり、より簡単に、より自然に動きのあるドット絵を表現することができれば一人前とされた。

ドッターはこれらの制限を守り、表現することに至上の喜びを感じており、時にはその制作物をインターネット上で発表し閲覧者に無償で配布することも少なくない。ドッターは自分の制作物をただ鑑賞するだけでなく、アイコンやビデオゲームにおけるチップのように、実際に利用されることもまた、喜びと感じているのである。

ドット絵の本質[編集]

ドット絵のあいまいな定義を再確認すれば、たとえばコンピュータグラフィックスはどんなに流麗な画像であっても画素(つまりはドット)によって構成されている限りはドット絵ということとなる。それだけでなく、この世のすべての作品は色素分子の配列からなっていることを考えれば、どのような絵画であろうともドット絵と呼ぶことに問題はないことになる。しかし上記にあった通り、ドット絵という定義にはドッターによる表現やその利用方法が大きくかかわっているのであって、完成された画像のみによって定義されるものではない。

要するに、ドット絵が好きならそれはドット絵なんだよ!

関連項目[編集]


Upsidedownmainpage.jpg 執筆コンテスト
本項は第29回執筆コンテストに出品されました。