ニートルズ

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ウィキペディア専門家気取りたちも「ニートルズ」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

ニートルズはチョン・レノン、ボール・マッカニート、ヨウジ・ハリスン、リンゴ・ジュースの4人からなるロック・バンドである。

概要[編集]

日本でそこそこ知られている宅録グループ。ニートのささいな日常を歌い一部で熱狂的なファンがついている。 1999年に結成され2007年の12月31日に解散することが決定された。 チョン・レノン曰く解散の理由はメンバー全員が2008年に35歳になることかららしい。

メンバーと基本パート[編集]

チョン・レノン (ドラム)
北九州在住の在日朝鮮人。生活保護で暮らしている。
ボール・マッカニート (ドラム)
ボールのように太っていることからそう名づけられた。
ヨウジ・ハリスン (ドラム)
メンバー切ってのロリコンである。
リンゴ・ジュース (ドラム)
とにかく暇である。

ニートルズの聖地巡礼[編集]

彼らは一時期オタクの聖地秋葉原にて、マハリシ・マヘシュ・ヨギ師の下で ロリコン文化を学んだが、リンゴは秋葉原の食べ物が合わず、即脱出。ボール は危険を感じ1ヶ月で脱出。チョンも始めは熱心に講義を受けていたが、熟女 好きが克服できず、帰ってしまった。その後、彼はアルバムで反ヨギ師を明確に した。しかし唯一ヨウジだけがヨギ師の講義を受け続けた。 ヨウジは後に 「マハリシは、僕たちの内なる心の幼女に二次元を通して、到達できることを教えてくれた」 と語った。

ディスコグラフィ[編集]

  • プリーズ・プリーズ・ピザ ボールがほぼ全部作詞。
  • ウィズ・ザ・ヒマ
  • ヒマ人たちがやって来るほ、ほーっ、ホアアーッ!! ホアーッ!!!
  • ニートルズ・フォー・セール
  • HELP!4人はニート
  • オタク・ソウル
  • トンプソンM1短機関銃
  • サージェント・ペパーズ・ロンリー・ニーツ・クラブ・バンド
  • ザ・ニートルズ 俗に言うニート・アルバム
  • イエロー・モンキー
  • オトメ・ロード ボールが某漫画評論家のように病的なまでに痩せたと言うデマが流れた。
  • レット・イット・ビー そろそろ仕事しようぜと言う意味をこめて作ったラストアルバム
  • マジカル・ハローワーク・ツアー 解散後勝手にレコード会社から発表されるらしいアルバム。ネット巡回についてのコンセプト・アルバム。 
  • ライブ・イン・セカンドライフ

代表曲[編集]

ヒマジン
初期の代表曲。作詞はリンゴ・ジュース。ネット巡回について歌っている。
ニート・ニート・ニート
英吉利のパンクバンド、ダムドのカヴァー。
幼女こそ全て
ヨウジ・ハリスン作詞のナンバー。幼女について語っているが、一般人には難解すぎて理解されなかった。
自宅警備員の恋
モニターの向こう側にいるあの子に向かって作った、切ない失恋・ソング。作詞はヨウジ・ハリスン。
ネトゲサブマリン
ボール・マッカーニートが、ディスプレイに向かいながらペットボトルに小便をしている時に思いついた曲。
ニートルズ板で「ニートアルバムさん@大瀧詠一」がこの曲のMADとして「ネトゲサブマリン音頭」を発表し、ニコ厨等に親しまれた。
チョンとヨーコのバラード
チョンと脳内彼女のラブラブぶりを見せ付けた曲
抱きしめたい
ヨウジ作によるアップテンポだが悲しい曲。モニターから出てこないあの娘について歌った。
バック・イン・ザ・AKIHABARA
秋葉原のテーマ曲を作ろうと意気込み、ゲストヴォーカルに中川翔子を呼んだが、ファンからは
「にわか」と叩かれた。

エピソード[編集]

  • チョン・レノンはジャイアンとも親交が深く、良く彼のコンサートでドラムを叩いている。ちなみにジャイアンとハモれるのは世界広しと言えど、彼1人である。
  • 2007年7月15日にセカンド・ライフ内で彼らの初ライブが行われた。盛り上がったかどうかは不明だが、2008年(解散後)にそのときのライブ盤が出るらしい。
  • セカンド・ライフ内で行われたライブにはゲストとしてジャイアンが参加し、彼の持ち歌をニートルズが演奏した。あまりの迫力にパソコンが強制終了してしまうなどの事故が起きた。
  • オアシスの眉毛兄弟が好きと言ったとか言わなかったとか。
  • 非常に残念なことに、今後日本を背負っていくべき東北大学の学生4人が「The Neetles」というバンドを組んでいる。日本の未来は暗い

関連項目[編集]