ネイサン・ベッドフォード・フォレスト
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ネイサン・ベッドフォード・フォレスト(Nathan Bedford Forrest)とは、アメリカ最強の将軍にして、KKK団の創始者であり、黒人奴隷の庇護者にして、神である。歴史上、唯一の8階級特進をした軍人でもある。
一般的には筋金入りの黒人差別論者と思われているが、史実はまったくの逆であった。
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[編集] 立身出世
貧しい農家に生まれ、父の死により17歳で一家の主になると商売にはげみ、奴隷商人として、沢山の奴隷を使った荘園経営で莫大な財産を築き、わずか20年足らずでアメリカでも有数の大富豪になる。
[編集] 伝説の8階級特進
南北戦争が始まると、フォレストはテネシー州に戻り南軍に一兵卒として志願入隊した。あまりにも南軍が貧相なのを見かねて、彼は自分の金で一個連隊、三千数百人分の馬と銃を買い与えた。
- いったい、どんだけ金持だったんだ?
将軍達は、一兵卒のおっさんが大富豪だったことに驚愕したそうである。この功績により一兵卒から8階級特進して中佐になる[1]。
しかも、三ヵ月後には大佐になって騎兵四千人規模の自分の連隊を持っていた。
しかも、兵隊の給料から武器弾薬まで全て自費だった。
- 本当に、どんだけ金持だったんだ?
しかも、士官学校どころか普通の学校すら行って無いのに、やたらと頭がよくてめちゃくちゃに強かったそうで、最後は中将にまでなる。
[編集] 誤解と偏見
南北戦争当時、フォレスト将軍の部下には自分の奴隷だった黒人兵士が44人もいたそうで、しかも、このうち8人は士官だった。おそらく、アメリカ軍初の黒人士官だったはずだが、黒人だけに黒歴史になってるらしい。さらに終戦時には60人に増えていた。
しかも、この黒人たちは読み書きができたらしく、彼らの書いた書類とかサインが現存している[2]。当然、黒人奴隷は学校になんて行けないのに、この黒人達はいったいどこで読み書きなんて覚えたのかというと、実は、全員がフォレスト荘園の出身で、フォレスト将軍はなんと、自分の奴隷達に読み書き計算を教えていたのだ。
彼が、フォレスト荘園の経営状態をやたらと良くし、20年足らずで莫大な財産を築くことができた秘訣は、自分の奴隷達を徹底的に教育して生産効率を高めたからなのであった。
この教育理念は後に曲解されて、
- 「無知な黒人を白人が躾け直す必要がある」
- 「黒人は奴隷であることを自覚するように躾けをすべき」
と解釈されてしまいましたとさ。
[編集] 「奴隷」は魔法の呪文
フォレスト将軍の逸話で後世にさらに誤解を生んだのが、 奴隷解放後も沢山の奴隷を所有していたという話だが、これには深い事情があった。
戦後になっても、南北戦争の英雄で大富豪にして権力者のフォレスト将軍の影響力は絶大で、大勢の人間が利用した。
奴隷達は白人に暴力を振るわれそうになると、
- 「僕はフォレスト将軍の奴隷ですよ、 ほら、この焼印が証拠です、 僕を傷つけたら将軍に訴えられますよ。」
と言って自分の身を守ったり、
カツアゲされそうになると、
- 「このお金はフォレスト将軍の財産ですよ、僕は黒人だからお金なんて持ってませんよ」
と言って自分の金を守ったり、
黒人のくせに学校に通うのかと白人に責められると。
- 「ご主人様の命令だから仕方が無いんです」
と言い訳してやり過ごしたり。
黒人の母親は、自分の子供が誘拐されて売り飛ばされないように、生まれたばかりの子供にフォレスト将軍のマークを焼印していた。こうして、勝手に奴隷の焼印を押してしまう黒人が続出してしまい、 南部では「自称フォレスト将軍の奴隷」が大増殖していった。
フォレスト将軍はいい人すぎたので、黒人たちが自分の名前を利用していることを黙認していた。
あまりにもご主人様の威を借りて威張り散らす黒人たちが気に入らなかった警察は、1人の黒人を窃盗罪で捕まえた時、そいつがフォレスト将軍のマークを焼印していたので、警察署長は「ご主人様なら引取りに来て責任取れ」とフォレスト将軍に嫌がらせをした。そうしたら、フォレスト将軍はいい人すぎたので、見ず知らずの黒人を引取りに来て盗んだ品物の代金まで払ったそうである。
警察署長が嫌がらせに
- 「こいつがあなたの奴隷なら名前ぐらい知ってますよね、こいつはなんて名前ですか?」
と聞いてみたら、
- 「俺は奴隷の名前なんぞ覚えないし、黒人の顔など、どれも見分けが付かない、焼印があるならこいつは俺の奴隷だ」
と応えて誤魔化したそうである。
その黒人は後に、就職先まで世話してもらって、農場で一生懸命に働いたそうである。
黒人にとって「フォレスト将軍の奴隷」は、自分の権利を守ってくれる魔法の呪文だったのである。
彼らが、現在ではアンクル・トムの蔑称で呼ばれているのはかなり微妙だ。
[編集] KKK団との関わり
黒人がフォレスト将軍の名前を利用しているのが気に食わない白人至上主義者たちは、集って、勝手にフォレスト将軍を最高指導者に任命してしまった。この集団こそ、現代で言われているKKK団である。フォレスト将軍が作ったKKK団は、単なる南北戦争同窓会だったのに、まったく違う物になってしまったのであった。
フォレスト将軍はいい人すぎたので、なにも言わなかった。 しかし、あまりに酷い事態になってしまい、KKK団解散宣言を出したが、だれも言うこと聞いてくれなく、KKK団は勝手に名義を悪用されたまま現代にいたるそうである。
なお、現代日本でも、拉致被害者を救う会が暴力団とか右翼に乗っ取られているので、要注意です。
[編集] トーマス・ライスの日記
南北戦争でフォレスト将軍の親衛隊にいた、1人の黒人の日記が残っている。
彼は、銃弾に当たって死にそうになった時、フォレスト将軍に「お前は俺のものだっ、俺の許し無しに勝手に死ぬな」と励まされて生き延びたそうです。なんかBLな展開です。ちなみに彼は、黒人なのにKKK団創設メンバーの1人でもある[3]。
トーマス・ライスというその黒人は読み書き計算が得意だったそうで、後にフォレスト将軍が経営していた鉄道会社の管理職になっている。
孫は弁護士になり人種差別は違法だが人種区別は合法と言い張っていた白人相手に人種区別憲法違反の判例を勝ち取った。ひ孫は学校の校長として黒人の教育に励み大勢の優秀な黒人を輩出した。
世代を重ねるごとに出世して黒人の名門になったライス家[4]の現代の子孫は、黒人女性初の国務長官になったりしたそうな。
なんか、フォレスト将軍×トーマス・ライスでBLが書けそうです。
「トーマス・ライスの日記」は1902年に孫のジェームズ・ライスの手によって出版されたが、現在では所持どころか内容を知っていただけでも責められる、アメリカ最大の禁書になっている。 弁護士だったジェームズ・ライスは出版の翌年に事務所に爆弾を投げ込まれて殺害されている。 犯人は未だに不明のままで白人がやったのか黒人がやったのかお互いに擦り付け合いになったままである。 「トーマス・ライスの日記」は日本で言うところの「全国部落名鑑」のような扱いだと思ってもらうと良い。
[編集] 禁忌
この話は、現在のアメリカでは、ヒットラー賛美以上の禁忌ネタである。
「優しい白人のご主人様の元で幸せに暮らす黒人奴隷」という話しは全て発禁になる。
やったら最後、発禁どころか、出版社に爆弾投げ込まれること確実である。
当然、アンサイクロペディア英語版にこの話を書いても炎上確実なので、この記事の英語版への翻訳は禁止します。
[編集] 注釈
- ↑ 当時の階級制度は、
- 兵隊
- 伍長
- 軍曹
- 曹長
- 少尉
- 中尉
- 大尉
- 少佐
- 中佐
- ↑ 当時の識字率は5%以下に過ぎない。
- ↑ KKK団は創設当時、南北戦争退役軍人の同窓会に過ぎなかったので、南北戦争に参加した黒人やユダヤ人も初期メンバーには入っていた。
- ↑ ちなみに、ライスという苗字は米を作る奴隷だったからライス(米)と名づけられたそうで、他にもウィーク(小麦)、ビーンズ(豆)、オレンジなどの苗字を持つ黒人達は荘園出身者の家系らしい。