ノエル・ギャラガー
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
しかし、今はどうでしょう。この記事が最後に編集されたのは、もう3ヶ月も前のことです。みんな、この記事のことも、この記事で扱われていた主題のことも、忘れてしまったのです。
どうか、せめて38.107.191.98さんだけでも、この記事のことをいつまでも憶えていて下さいますように。
ノエル・ギャラガー(本名:ノエル・トーマス・デヴィット・眉毛・ギャラガー 1967年5月29日生まれ)とは、イギリスを代表するロック・バンド、オアシスのギタリスト、ヴォーカリストだった。同バンドにおけるほとんどの楽曲の作詞作曲をしていた。また、同バンドのメイン・ヴォーカル、リアム・ギャラガーは実の弟だった。過度の失踪癖があり、過去数回にわたり姿を消している(後述参照)。ビートルズの大ファンでポール・マッカートニーのことが大好きであり、「ポールにならやられてもいい」という格言を残しているが、多分ホモ・セクシャルではない。顔が不細工であった為テレビでは腰から下を写すしかできなかったという。眉毛が繋がっており顔がミスター・ビーンに似ていることも特徴の一つである。
一度決めたことをすぐに取り消すことが多々ある。通称「前言撤回王」。
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[編集] 経歴
- 1967年5月29日
- イギリス、マンチェスターのギャラガー家に次男として生まれる。父はアル中およびDV癖であり、さらに家庭はワーキング・クラスであったため、「サッカー選手になるか、ヤクの売人になるか、ロックンローラーになるしか俺には方法がねえ・・・!」と日々思いながら幼少期を過ごす。ちなみにギャラガー兄弟は故郷マンチェスターのマンチェスター・シティというサッカー・チームのフーリガンであり、マンチェスター・ユナイテッドのファンではない。この点は結構重要である。うっかり間違えると殺される。(過去に犠牲者あり)
- 1970年代~1980年代
- カウボーイ対インディアンや警察対泥棒ごっこをやるときは絶対にインディアンと泥棒を選ぶ。相手に背中に指を当てて撃たれても何かと理由をつけて絶対に死なない。
- 戦車や車のおもちゃが大好きだった。
- ビートルズとセックス・ピストルズ両方好きだったためにクラスで迫害を受ける(通常、両ファンは共存し得ない)。
- 意外と女の子には困っていなかったらしい。NMEテレビ取材で「顔が衝撃的過ぎて腰から下しか取材できなかった」というのはデマ?
- 仕事をさぼるときの言い訳が相当上手かった。
- 10代半ばの頃は、いっぱい穴やチャックがついた黄色のタータンチェックのズボンがお気に入り。
- 地元のインディー・バンド、インスパイラル・カーペッツにローディーとして雇われる。メンバーのおこぼれ(ドラッグ・アルコール・女)を楽しみながらツアーに同行する日々。
- 1991年
- 弟リアムのバンド、オアシスに加入。その際「俺に全権を委ねろ」と後から入ってきたにも関わらず傲慢に振舞う。後に「バンドを国連に例えると、俺はアメリカ」とノエルは語っている。このオアシスがノエルにとっての“初バンド”にあたる。
- 1994年
- 2月、アムステルダムでザ・ヴァーヴの前座をやる予定だったが、他のメンバーが入国の際暴れて強制送還となったため、ノエル1人でアコースティックライヴを行う。
- 8月、シングルリヴ・フォーエバーのPVにてドラムの天パーを埋める。また、アメリカ・ツアーの際、他のメンバーが薬中になったためがっかりして失踪(1回目)。
- 9月、「ブラーのボーカルとベースはエイズにかかって死ねばいい」と発言。お茶の間の顰蹙を買う。
- 1996年
- 6月、イギリスのどっかで25万人も集まるバカでかいライヴを行う。このとき、大半の観客はメンバーの姿どころか演奏も聴こえないのに大変満足して帰っていった。
- 9月、アメリカ・ツアーの際、「引越しで忙しいからアメリカ行かねぇ」とほざいた弟リアムとまた喧嘩。そして失踪(2回目)。
- 1997年
- 4月、マネージャー(ブス)と結婚。
- 2000年
- 5月、世界ツアーの際、弟リアムと喧嘩。そして失踪(3回目)。
- 9月、離婚。同時期にリアムも離婚。
- 2006年
- 10月、ベスト・アルバム発売のプロモーションでゲムと一緒に来日。タモリと会う。
- 2007年
- 2月、ブリット・アワーズで功労賞を受賞し喜ぶが、パフォーマンスでのリアムのゲロ声にブチギレ。
- 9月、彼女(美人)との間に息子誕生(リアムの誕生日の翌日)。
- 2008年
- 9月、カナダで「朝勃ち」(Morning Glory)を気持ち良く演奏してる最中に基地外にぶっ飛ばされ肋骨骨折。
- 2009年
- 3月、来日。タモリと再会。
- Noel Or Dieが世界的流行語となる。
- 8月、大切なギターをリアムのジミヘン・ゴッコのせいでおしゃかにされ、多くのファンから"Don't go away!!"と叫ばれるも
怒って振り返りながらバンド脱退(しかし前述の通り前言撤回王なので、いずれ戻ることは周知の通りである。っていうか戻ってきて!!)。
[編集] 天敵
- 弟、リアム・ギャラガー(弟の方が少しだけ身長が高いことに激怒)
- ブラーのデーモンとアレックス(何故か美形である二人をライバル視)
- ロビー・ウィリアムス(タブロイド紙を通じ、白いバラの花束とカードを応えてノエルに贈っている。カードには「最新アルバムを聴きました。お悔やみ申し上げます」と書かれていた。)
- レディオヘッドのトム・ヨーク(ノエルが一方的にライバル視しているが相手にされず)
[編集] 楽曲
ノエルにはお気に入りの歌がある。
- 「怒って振りかえるなよ」(Don't look back in anger)
謎の女性サリーについて歌った名曲(サリーはローゼスの『サリー・シナモン』、もしくはポール・マッカートニーのカバーで有名な『ロング・トール・サリー』から取ったとされる)。 弟リアムとはどちらが歌うかで大いにもめたが、ノエルがその権利を勝ち取った。いかなる状況であれ、リアムは歌えない。 これまで日本でオーディエンスにサビを歌わせたのはたったの2回というドケチぶりであったが、09年度ツアーでは1,2番のサビは毎回譲ってくれた。 最近のノエルはこの歌をアコギ一本で、蚊の鳴くような声で弾き語り、歌唱法が無駄にエロい。
- 「永遠に生きる」(Live forever)
「俺は不死身だ!」というジャイアニズムの歌ではなく、ノエルが好きな某アメリカのグランジロッカーが「自分が大嫌いで、もう自殺したい(I hate myself and want to die)」という曲を書き、更に本当に自殺してしまったことにノエルがキレて書いた曲。ドラマーが埋められるPVは有名。
- 「不思議な壁」(Wonderwall)
ノエルがアコースティック・ライヴで99.9999%歌う曲。 「お前は俺の不思議な壁」という歌詞がしびれる。 意訳すると「俺の支えになってるのはお前なんだよ」。 リアムもたまに歌わしてもらえる。元々前妻メグへのラブソングだったが、離婚して一度演奏するのを封印して以来、ノエル自身がオリジナル通りに歌ったことは一度もない。酷い時は自分に都合の悪い歌詞を勝手に変えて歌ったりもした。天敵共(ジェイZ、トム・ヨーク)にカバーされることもある。
- 「イチゴ平野よ永遠に」(Strawberry fields forever)
本来はビートルズの曲だが、これもアコースティック・ライヴでよく歌う。
- 「たこ庭」(Octopus's garden)
同じくビートルズの曲。とある昔、まだ眉毛兄弟が「Whatever」を歌っていたころ、曲の最後に冒頭部分、「海の底の翳りのたこ庭に行ってみたいぜ」と歌っていた。歌詞に特に意味はないようだ。
- 「若い奴ら」(All the young dudes)
本来はデビッド・ボウイの、若者への洗脳曲だが、上と同じく「Whatever」の最後に「若い奴らがニュースを運ぶ」と歌う。歌詞に特にお察しください
- 「どうでもいいけど」 (Whatever)
EPでは弟が歌っているが、ライブではたまに兄がアコースティックギターを持って歌う。「俺が何をしようが自由だ」という自己正当化の歌。
- 「傍にいてくれ」 (Stand By Me)
自らのポイズンクッキングの成果を体現した内容となっている。
- 「俺の大口」 (My Big Mouth)
文字通りビッグマウスの歌。決して本田圭佑さんのことを歌ったものではない。