ハリセン

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ハリセン(張り扇)とは、紙やスチール板を束ねて精製した武器のこと。鈍器とも言う。現在、市場に出回っている紙製の複製品はお笑いの小道具としての用途もあるが、本来は大量破壊兵器として各国の保有量が規制されている。

概要[編集]

製造中の大量破壊兵器(写真は模造品)

紙を蛇腹状に折ったうえで、一方にガムテープ等を巻いて握りを作り、反対側は扇子状に開く。 使い方は、握りの部分を持ち、扇子状の部分で、扇子を畳む方向で他人の頭や顔などを叩く。大きな音を発するものが良いハリセンとされる。

叩いたときに意外に大きな音を発し、叩かれた人が大げさに反応することもあり、材質によっては痛そうであるが、実際は目から火花が出るほど心痛がくる。 また、ハリセンの威力の大きさを表現する方法として、巨大なハリセンが用いられることもあるが、実際のハリセンの威力はその大きさよりも材料となる紙の硬さや重さに比例する。

だが、達人が持つとハリセンを振る際に強力な衝撃波(ソニックブーム)が生じ、さらに蛇腹状の打撃部分を包むように気流が生じた結果、周辺の地形を大きく変形させることが可能である。 この力と本来の心理攻撃により十七連コンボで空中に浮きっぱにつなげることが可能となるのである。

用途[編集]

このように非常に安価で入手可能であるが、ちゃんと理由があるのだ

元々は凶器として話題を呼んだが、戦後にドラマ角川映画などで用いられた。 しかし本来のハリセンはいうまでもなく危険な兵器であるため、現在我らが目にするハリセンは低質な紙による複製品のみである。

現在、国際協定において本来のボール紙製のハリセンの使用許可がなされているのは1963年結成のチャンバラトリオのみである。 彼らの力加減は絶妙なものであり、常々「力をセーブするのに3年以上かかった。素人が生半可な力加減で使うことは死を意味する」と忠告を促すほどである。

武器・鈍器として[編集]

伝供王像。供麒は毎回この凶器でボコボコにされたという。

その期限は飛鳥時代まで遡る。 大化の改新において中大兄皇子蘇我入鹿を討つ際、帯刀が禁止された宮中に持ち込み可能な武器を考案したことがきっかけといわれる。このときハリセンを作った皇子の近侍でハリセン使いの太祖、津弧彌(つこみ)、入鹿の護衛役にも関わらず事件の日に「48時間寝坊した」男、牡袈(ぼけ)の名を取って「ツッコミ」と「ボケ」という言葉が生まれた。後の漫才の起源でもある。


同時期にはシルクロードを経由して中国・および十二国圏へ伝播、さらに東南アジア圏へ伝播したとする説も存在する。当時の恭国王はこれを愛用したという。

しかし紙製の兵器であることにより野戦で用いられることはきわめて少なくなった。しかし、戦国時代の本願寺家は手軽な集団戦闘兵器として一揆衆に使用を推奨、ハリセンを持った一揆衆のゲリラ的な戦法は戦国大名にとって恐怖の対象となった。 ことに加賀国の富樫政親は一揆衆からその統治の杜撰さを「なんでやねん」とツッコミまくられたため、ハリセンによる精神崩壊および殴打により死亡した。 後にいう「加賀一向一揆」であり、「百姓の持ちたる国」の先駆けとなったのである。 なお、本願寺が東西に分割された後も大阪一帯においてはなじみ深い兵器であり、こんにちハリセン(複製品)の世界消費量の89.3%のシェアを誇るのが関西である一因と考えられる。

戦国時代の終焉とともに秀吉によって刀とともにハリセンは所持規制の対象となり、また明治時代の廃刀令の二旅にわたる長期的な規制を受けた結果、支配者層はハリセンを所持しなくなってしまい、より庶民的な玩具となった。

だが、ベトナム戦争中に北ベトナム軍及びべトコンの特殊部隊が、1968年のケサン基地を巡る一連の戦闘で使用し、戦果を挙げた事(死者や怪我人は居なかったが、ぽかぽか殴られたことによるPTSDでの一時離脱者は、ケサン基地に配備されていた人員の平均10%にものぼった。) から世界的に知られるようになった。しかし例年より一週間ほど早く雨季が始まり、紙で出来たこの武器は実用に耐えられなくなった事と、三月下旬からピコピコハンマーと洗面器の海兵隊への配備が始まった(かつてのハリセンの優位性が消えてしまった)事で、戦果を挙げることが難しくなった事から、短期間で戦場から姿を消したが、かの国の情報機関主導のタイフィリピンの歓楽街における一連の作戦では、これを持った美少女(『現役』や『一寸前まで』より『過去の』や『大昔の』、『自称』の方が多かった)の集団でアメリカ兵を袋だ叩きにして財布の中身はおろかけつ毛まで毟った事から、鼻の下を伸ばしたGIたちを恐怖のズンドコに落とした。

短期間の兵器とはいえ、日本国がこのような兵器を独自に持つことに恐怖を覚えた米国は、サンフランシスコ講和条約において同時締結した「紙製蛇腹状武器の保有制限協定」において、娯楽品としての複製されたハリセンの保有量すら制限する条文を書き加えたほどである。 その後、国際連合で新たに国際協定を結び、今日日本においては陸軍1に対して0.8022の保有量が認められるにとどまっている。

お笑い・他[編集]

使う人の見た目によっては通常の3倍の効果が得られる。

前述のチャンバラトリオが発祥であることや、テレビのお笑い番組で登場する側面から、大阪または関西のお笑い文化を象徴するものとして、グッズやキャラクター名などにしばしば取り入れられる。

ツッコミの代わりに、ボケ役をハリセンで叩いて笑いをとった。
  • 砂川捨丸・中村春代
音曲漫才落ちとして使われた。
MBSテレビのお笑い番組。一発芸などを若手芸人に即興で披露させ、おもしろくなければ司会者が「ハリセンチョップ」をお見舞いした。
フジテレビバラエティ番組めちゃ²イケてるッ!」内のコーナー。サイコロを使ったゲームをし、負けた者をハリセンで殴打する。
  • 「ハリセン大喜利」
テレビ東京の番組「爆笑!おもしろ寄席」内の同コーナーで、鈴々舎馬風が回答者をハリセンで叩く「ハリセン大魔王」に扮した。
  • 「大阪エヴェッサ・ハリセン」
大阪エヴェッサの公式応援グッズ。
  • 「ガンバハリセン」
ガンバ大阪の公式応援グッズ。
登場人物である、大阪府出身「江藤耕造桃ヶ丘音楽大学ピアノ科教授」のあだ名は「ハリセン」。ちなみに彼は裏の世界では有名な「張り殲術」を使う傭兵である。

出典[編集]

関連項目[編集]

Wikipedia
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