ハワイ・マレー沖海戦
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| 現人神タル天皇陛下ハ御自ラ臣民ノ爲ニ本項ノ全内容ヲ讀マレタ | 本項ノ全文章及ヒ全内容ハ完全ニ正シキ事實トシテ大本營ニヨリ認可サレテヲリ 全テノ臣民ノ爲ニ現人神タル天皇陛下ハ御自ラ本項ニ御目ヲ通サレタ コノ項目ノ内容ヲ疑フコトハ現人神タル天皇陛下ヲ疑フト同義テアリ 誤ツタ思想ヲ持ツトサレタ場合ハ政治犯、思想犯トシテ内亂罪ノ對象ト爲ル |
ハワイ・マレー沖海戦(-おきかいせん)とは,後に日本の特撮業界のトップに立つ円谷英二が半強制的に軍司令部の命令で1942年に制作したプロパガンダ映画のことである。制作企業は東宝である。世界初の太平洋戦争を題材にした映画であり,なにより本物の軍艦が登場することで知られる。その破天荒な内容ぶりは戦後になっても伝説と謡われた。
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[編集] 概要
太平洋戦争をきっかけに太平洋全域を押さえアメリカやオーストラリアなどを攻撃し有頂天だった日本軍が「序章」として映像化したものであり日本人の多く軍の命令で全ての国民が見た事で有名。出だしの日中戦争に始まり第二次大戦を経てハル・ノートをアメリカから要求され戦争せざるを得なくなる日本の姿を描く。音楽やスチール写真などアメリカでは使用されていなかったものが初めて起用されており,なにより前述した本物の軍艦が艦砲射撃をしたり空母から実物大の零戦が飛ぶなど今では考えられない演出がなされている(ほら,今なんて大がかりにセットを作ってる程度だし)。そのテーマと演出は戦後になって日本を訪れた外人から恐れられ様々な誤解を招いた。一時期アメリカやイギリスでは「放映してはいけない」の一つに数えられるほどの作品だったが安保条約などを得て1965年に初めてアメリカのタイムズ・スクエアで公開された。現在,円谷ファンからは常識とも言える1本に数えられており「一家に一本この映画」といわれた。
[編集] あらすじ
1905年の対馬海戦で勝利した日本はそれから凡そ30年以上かけて軍備拡大をしてきた。霞ヶ浦のとある練兵場で兵士として練習に励む男もそんな日本に従っていた。それに対する連合国らはアメリカ人のハル・ノートを筆頭とする反対を強いてきた。山本五十六らはそんな鬼畜米英に対して恐ろしい計画を発動する。その名は「先発計画」。
[編集] 登場人物
- 今時のようなしょぼくれた芸人や俳優と違って重みを覚える名優ばかり揃えてる。いや,それだけじゃない。終始登場する軍人や政治家は本人が演じてる。さすが東宝!!
[編集] 日本
- 日本を中心とする国家建設をもくろむ元陸軍大臣で現首相。「なに,アメリカの話など聞くつもりはない。」
- 戦前は火炎瓶を生産していた前首相。「アメリカに戦争を仕掛けるのは無理がありますよ首相。」
- 友田義一
- 本編の主人公。ある昼下がりに突然奇襲を命令された。「無理を言うな。あんな拠点に奇襲などかけたら後がないぞ。」
- 山下大尉
- 友田の指揮官。満州戦線の際に左腕を無くし義手を付けた。「なに,ハワイなんぞ観光客ぐらいしかいませんよ。奇襲なんて容易いものです。」
- 佐竹艦長
- 戦艦「長門」の艦長。山本に胡麻擂りしてる。「山本さん。それ以前に日中戦争終結が優先でしょうが。」
- 斎藤班長
- 大日本帝国陸軍第一守備隊の班長。「おらおらー!!敵だぞ起きろこの野郎!!」
- 森部少佐
- 日露戦争の生き残り。アメリカに宣戦布告することを違反だと感じる。「俺は認めないぞ。アメリカなんかに仕掛けたらこの国は木っ端みじんだ!!」
- 倉田三飛曹
- ヨーロッパで活躍してる在独兵。「ジーク・ハイル!!」
- 森岡二飛曹
- 零戦の科学を覚え尽くしたベテラン。「君ぃ!!計器をちゃんと読め!!」
- 山本五十六(本人)
- 本当はニューギニア戦線に出征していたが映画のため帰還した。「アメリカとはせいぜい一年が限界でしょう。」
- 南雲忠一(本人)
- ハワイ攻撃を命じられた軍人。「無茶言わないでくださいよ。」
- 広瀬武夫(回想のみ)
- 教科書に書かれてる軍人。大真面目であるがぼけ気味。「まだ残ってる者はおらんか!!」
- 東郷平八郎(妄想と回想のみ)
- 友田の妄想と源太の回想に登場した連合艦隊司令長官。「この戦いに日本の運命がかかってるぞ!!」
- 百武中将(本人)
- ニューギニア戦線に登場した兵士。後,ガダルカナル島に左遷される。「源太は唐突に無茶なことを言う。」
- 源田少佐(本人)
- マレー半島制圧を命令した少佐。「マレーを取らなければ快進撃は起こりえない。」
[編集] ドイツ
- アドルフ・ヒトラー(本人)
- ドイツ第三帝国の総統。第二次世界大戦を起こした。「日本に栄光あれ。」
- パウル・ヨーゼフ・ゲッペルス(本人)
- 第三帝国のサブリーダー。日本に参戦を要求する。「ヒトラーに敬礼!!」
- エルヴィン・ヨハネス・オイゲン・ロンメル(本人)
- アフリカ戦線の王者。ⅲ号戦車の中に引きこもりしてる。「俺は負けない。」
- エーリッヒ・フォン・マンシュタイン(本人)
- 軍人でありアナーキスト。「ヒトラーの次は俺がニューリーダーだ!!」
- ヘスラー大隊長
- ⅳ号戦車の乗り手。なぜか時代劇マニア。「侍はカッコイイ。」
- ヘルムート・シルベルベルフ
- ドイツでこそこそと隠れ家で暮らしてる美青年。これは戦後になって付け足された映像に登場した為カメラワークがかなり異なる。日本の参戦に反対した。「日本は間違ってる!!超大国に勝てるわけがない。」
- アンネ・フランク
- こちらも戦後に付け足された映像に登場。その虚ろな目は無惨な戦争を表してるようだ。
[編集] 登場する兵器
[編集] 陸
- 八九式中戦車
- ⅲ号戦車
- M3軽戦車
- 試製ⅵ号戦車(パンター)
- 150mm対空自走砲
[編集] 海
- 戦艦大和(試作映像のみで実際の大和と比べると薄っぺらい)
- 加賀
- 蒼龍
- 飛龍
- 瑞鶴
- 捷鶴
- ビスマルク
- アリゾナ
- 日向
- 伊勢
- プリンス・オブ・ウェールズ
- レパルス
- ダンカン
- エクスプレス
- アリゾナ
- ユタ
- ペンシルベニア
- ネバダ
[編集] 空
- 百式重爆撃機「飛龍」
- 紫電
- 九六式陸上攻撃機
- スピットファイア
- メッサーシュミットBf109
- コルセア
- B17
[編集] 特撮について
真珠湾のセットは当初ご当地(ハワイ)でする検討が立てられていたが,軍部の命令により今のお台場がある人工島に組まれた。また,海の質量を出すために全国から寒天が集められ敷き詰められた。嘗て,日活が作った日露戦争の映画では水に浮かべた上で海としてきたが二番煎じに成りかねないため変更して「遠くから見れば海に見える」という寒天を起用。また,撮影後にこれら寒天はスタッフがおいしくいただいた。マレー半島での撮影であるがこれは現地での撮影である。まだアメリカの叛乱が起きる前だったので余裕で円形をくんで撮影しより効果的な映像が加えられた。また,走ってる車は全てドイツ製のものを起用した。富嶽や零]が飛行する場面については円形は本物を使ってるが近距離の映像は単に模型をひっくり返して撮影した映像を更に反転したものである。
[編集] 撮影に使用された軍艦について
本編には長門をはじめとする軍艦が多数登場している。特に,長門に至っては同型艦の陸奥も登場しリアルに艦砲射撃を行ってる(戦艦大和はシークレット扱いで試作図のみの登場)。また,名も無き駆逐艦や防護巡洋艦にいたっても本物。中盤に出てくる空母も本物で赤城を筆頭とする機動部隊がより鮮明に描かれる。なぜに本物がたくさん出せたのかというと単にこの映画に軍部が数億者予算をかけただけ。当初は軍部から多くの資料を極秘扱いされて渡されず,制作陣が紛糾していたところをなんとか軍部が聞き入れたという逸話もある。アメリカの戦艦に至っては内緒で真珠湾より引き揚げた本物の戦艦を修理したものである。だが,遠距離からの映像では縮尺された模型で日露戦争の映画で使用されたバルチック艦隊の模型を改造して米戦艦役を果たす。後半に登場するイギリス海軍の東洋艦隊であるが実写映像と遠距離からの縮尺模型を使用して表現した。また,プリンス・オブ・ウェールズは本物で引き揚げて修理したものだがレパルスだけは模型である。
[編集] 演技の指揮について
戦時中ということもあってか本物の軍人が演技を細かく教えた。その為,今時のちゃちな戦争映画とは見違えるほどきびきびした動きが出ている。台詞も軍人が思案したのを採用してる。だが,それに対して自粛の形でアメリカ側の軍人の演技はほぼ適当。棒読みで「テキガキタゾ」や「オレガキョウカラリーダーダ」などしか言わない。海軍報道部や海軍省は「敵にいちいちまじめに教えなくていい」と話していたという。
[編集] 配役について
敵側は全て戦闘中に捕虜にした兵隊を使っており,かなりリアル感を出す。しかし,前述したように棒読みで英語の部分はニュースの部分でしか流れない。日本側は鍛えに鍛えた熟練俳優を総出で起用しており子役から大人までばりばり働く。だが,あまり知られていない俳優がほとんどを占めており,今も誰か分からないというのが現状である。
[編集] 戦後以降の逸話
この映画は実にリアルに作られており様々な誤解を招いた。
[編集] 逸話その1
戦後,連合軍が訪日した際にこの映画とフィルムなどを見た途端アメリカ人の誰もが凍り付いた。「大変だ!日本の新たなる記録映像が見つかったぞ!!」と叫んで関係者を呼び集めた。あまりの完成度の高さにそれまで特撮を知らなかったアメリカを筆頭とする連合国軍は映画のハイライトの場面を見て記録映像と間違えて騒然となり関係者は全て裁判にかけられた。しかし,その後映画であるという事実が多く発覚し無罪放免になった。
[編集] 逸話その2
太平洋戦争終結から何年かたった頃,ゴジラを筆頭とする怪獣映画でぼろ儲けしていた東宝本社にハリウッドの制作者が全員来てひれ伏し「お願いです。あの映画を持ち帰らせてください。」と泣き泣き関係者に話しかけてきたという。当時,アメリカではスティーブン・スピルバーグの手によりアメリカ本土空襲を描く戦争映画「1941」を制作を検討していた頃だった。しかし,その頃のアメリカは模型での撮影をしたことが無くましてや戦争のテーマを描くことすら出来なかった(駅馬車や人情劇などしか作ったことがないからそれはそれで仕方がない)。そこで,スティーブン・スピルバーグの指揮下により訪日代表者が遙か11000kmも離れた日本にまで訪れたてこの映画のテーマを求めてきたのだ。東宝は当初持ち帰りに反対することを構想していたが,世間から情け知らずと言われることを恐れてなくなくコピーされたフィルムを渡した。その半月後,アメリカからお礼の手紙が多く届き東宝の勢いはますます活発化するようになった。
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