パン食い競走

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

パン食い競走(ぱんくいきょうそう)は、フランスで初演された狂騒喜劇の一つ。現在では日本小学校での教育の一環として児童に演じさせることが多い。フードファイトを題材とし、「人間の欲望と狂騒」をテーマとした演劇である。

また、いくらアンサイクロペディアと言えども上記説明から「パン食い狂騒」などどいう表記をすることは些か安易に過ぎるので許されるべきではない。

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目次

[編集] ストーリー

この演劇には特定の名前を持った主人公が存在せず、その意味ではある程度様式化された演劇であるといえる。一応、登場人物はパンを求める「競技者」(原作成立時の意図から見て「民衆」を表していると考えられる)と、パンを与える「運営委員」(同じく「官吏」)の2種に大別できる。

はじめに舞台には運営委員が登場し、パンを1回にやって来る競技者の人数分吊した器具を設置して競技者の集団を待ち構える。競技者集団はそれを物欲しげな目をしながら隊列を崩さぬように歩き、所定の位置に待機する。これは民衆が互いを牽制し合っていることを表現しており、後の展開の伏線となる。競技者は皆一様に、自分の両腕を紐で縛り付け、手を使えないようにしている。これは、闘争で腕を失った民衆を表している。

競技者のうち、46人が横1列に並んで(他の競技者は座って待機)、運動委員の1人の合図を待つ。民衆と官吏の激しい衝突を表現するピストルの合図と共に競技者は、30m程先の器具に向かって走り出す。この時競技者は、(パンは人数分あるにも関わらず)同じパンに向かって衝突する者達や、どのパンを狙うか迷い遅れをとる者など、演劇のテーマである「倒錯」と「狂騒」を思い思いに表現する。

やがて吊されたパンの下にたどり着いた競技者は、口までわずかに届かないパンの下でそれを得ようともがく様を演じ、欲に追い詰められた人間の浅ましさを全身で表現する。

パンを得た競技者はそのままパンを口に加え、同じ競技者を見捨てて走り去る。欲望で結びつき合った民衆というものが、いかに弱い結束力しか持たないものであるかを問題提起している。

以上のような流れを数回、競技者がいなくなるまで繰り返し、演劇は終了する。パンを得て表情がほころぶ競技者を後目に舞台に無残に放置された器具を運動委員が無感情な手つきで片付け、民衆は所詮上に立つ者達の手の中で踊らされているのだ、というアイロニーの利いた幕切れとなる。

[編集] 起源

パン食い競走の原作者は明確になっていないが、17世紀にフランスで起きたマリー・アントワネットに絡んだ事件を下敷きにしているとされている。

フランス国王ルイ16世の妃であるマリー・アントワネットは放蕩の限りを尽くして市民の酷い生活を理解せず、市民の声を伝えた家臣に対して有名な言葉「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」を筆頭とした問題発言を繰り返し、後のフランス革命につながったとされている。しかし実際にはマリーは上記のような発言を行っておらず、本当は家臣の報告に対してすぐに市民にパンを配給する対応を行った。聡明であったマリーが市民の世情に無知であったはずがなく、今までの歴史観は覆されている。

こうした中でフランス革命の発端となった事件として新たに挙げられているのがジャッケル・ヘッケル演説である。前述のマリーの配給に際し、王室の所業に蜂起寸前であった市民達は、パンを与えられた事によってその怒りを収めた。中には(困窮の元凶であるはずの)王室の慈悲に感謝する者までいた。また、施されたパンを得ようと市民同士で争い、市民達の結束に亀裂が生まれる有様であった。これはマリーの策略であったともされるが、こうした政府の一時の策に流される市民達に憤慨したのがジャッケル・ヘッケルの兄弟であった。

ジャッケル・ヘッケルは市民に対して、「人はパンのみによって生きるのではない」から始まる有名な演説を行い、市民が幸福な生活を得るために真に必要なのは市民革命であることを説いた。マリーによる施しの直後はこの演説は受け入れられなかったが、ジャッケル・ヘッケルが根気強く演説を続けた結果、やがて再び空腹感を感じた市民達の圧倒的な支持を受けて運動が広がった。これが1789年のフランス革命につながっていくことになる。

喜劇パン食い競走は、このような時代背景の下で「権力者(フランス政府、マリー・アントワネット)の手の上で踊らされる民衆」を風刺すると共に、そのような権力者のまやかしに騙されることのないように、という警句を表現する劇として広がったとも考えられ、劇の原作者はジャッケル・ヘッケルら自身であるという説も存在する。

[編集] 日本の小学校での上演

演劇用の小道具。

現在では、この劇を上演しているのは大半が中学校運動会であり、「権力者のされるがままになることの滑稽さ、権力者への反抗の必要性」を学ぶことを目的として特定の学年全児童・生徒に行わせていることが多い。パン食い競走は日教組が中心となって推し進めており、劇の上演の是非は毎回議論されている。

[編集] 関連項目