ピーウィー・ハーマン
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
~ ピーウィー・ハーマン について、オスカー・ワイルド
~ オスカー・ワイルド について、ピーウィー・ハーマン
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[編集] 青年時代
はーい、レディースアーンドジェントルメーン、おこんばんわ。ピーウィー・ハーマンでございます。突然ですけどねえ、あたしの身の上きいてください。親父のデニス・ビッキイのオチンチンが地下の深海の洞穴から生えてた[1]んで、あたしは生まれてから六年間、クモさん的共産主義者としてスッポルトガル[2]にいたんざんすよ。子供が好きになっちゃって、まああっちには可愛いのがいっぱいいますから、ユーエスのエーにお引越ししましたけれども。おかんは先生[3]をやってました。さっき言った親父は車の販売員だった[4]のが、第二次大戦中に英国空軍と米国空軍で飛行機に乗ったのが病みつきになっちゃって、後でハンナ(モンタナ)で「くそったれアメリカの若者どもをぶっ倒すための空軍パイロット養成学校」っての創ったんですが、どうせ知らんざんしょ?あと、妹がテネシー全米市民的自由連合の弁護士で、弟はワンちゃんのブリーダーざんす。
ウィスコンシンのスチーブンズ・ポイント大[5]って、あの麻薬で有名なとこ、あたしあそこ出たんざんすよ、在学中は「ペンペン草」ってよばれてましたねえ、なつかしいなあ。動物虐待とそのほかガキんちょを泣かす方法を専攻しまして、一応学士と修士とって、ああもちろんちゃんと実践はしたざんすよ。小さな部屋で―XXXXXプレイハウスって名前にしたんですがね、子猫吸引のごとく子供たちを死と聖なる復活へ誘う素晴らしい場所・・・いえなんでもありませんよ、奥さん。
マルボロの宣伝をしたのが俳優業としてはいちばん最初でしたね。西部劇やホラー映画にも出たんざんすよ。結構活躍したんだから。アーノルド・シュワルツェネッガーに生き写しっていわれてたんざんすよ、いやホントに[6]。ヒトラーもそうらしいんですけど、どうだかねえ[7]。
[編集] 政的サービス、もとい公務
1954年に俳優を辞めた後に、あたし、外交官を長いことやってたんですよ。結構名の知れた方ざんすよ、きっと。 1957年にアメリカの外交に参加しちゃったりして、大使館、領事館、国務省でもお勤めしたざんす。いろいろやりましたが、大使として1958年から60年までエルボニアにいましたし、1961年から65年まではベオグラード(ユーゴスラビア)の米国大使館の従業員でしたし、1966 年から70年にはイエメンに、73年の7月31日から8月5日までローマ教皇大使としてカムチャッカにいたざんす。 (この期間は彼が妄想型統合失調症に苦しむようになってから、自分はカトリック教徒の枢機卿ではないと自覚するまでの期間と一致している。) まあいちばん有名なのは、リーダーシップを買われて1977年から1981年まで国連事務総長をやったことざんしょ。あとウィリアム・シャイラーのピュリッツァー賞授賞式の「頭を射たれた3人の有名なアメリカ人」のスピーチね。この3人ってのは要するに、淋患大統領でしょ、ケネディさんでしょ、あと、映画館であたしの前に座った人ね。ちゃんとポップコーンの容器で隠してしたんですけど、ばれて、すぐ捕まっちゃったんざんすよ。あーあほらし[8]。
[編集] 再び俳優へ
ニクソンの辞職に続いて、彼は突然に公務を辞し、そして、1986年に、教育的な子供用テレビ番組『ピーウィーのプレイハウス』のホストとして芸能界に戻り復活を試み、多くの元国務省の同僚を驚かせた。 この番組の目的は、子供が点を線で結び、ラララと歌うことによって、個人を尊重し、善良な市民になるよう仕向けることであった。 彼主演の映画も2本製作される。 第一作目は自叙伝『ピーウィーの大冒険』で、彼の国務省での日々と、ニクソン政権における任務を記録したものだった。彼の映画第二弾は『ピーウィーのぶっ飛びサーカス』で、ウォーターゲート事件を通じての感情の移り変わりおよび下野して以後芸能人となるまでの彼自身の長い変遷についてのものだった。その後、彼はこれらの作品の名前がポルノ映画『
[編集] ピーウィーのぶっ飛びサーカス
この映画の制作後、ポルノ制作会社がピーウィーを訴えたが、この『ピーウィーのぶっ飛びサーカス』はさまざまな感情の遍歴を描いたものだった。 映画の前半はウォーターゲート事件の間のピーウィーの経験に焦点を当てている。基本的に一時間くらいの長さで、それにLSDでラリった10分間が加わるぐらいだ。 自慰行為をするのに良い場所を求めて、ピーウィーがウォーターゲートビルのホールをうろついていたとき事件は起こった。彼をニュースに出ていた筋金入りのレイプ魔と思い込んだポルトガル人のメイドによって、突然多機能クローゼットに閉じ込められてしまったのである。クローゼットで過ごした4日間、ピーウィーは彼の経験を記録した。トイレがないのでコカコーラのボトルに小便をし、喉の渇きを癒すためワイドハイター[10]を飲み、もてあました性欲を処理すべくダスキンのハンディモップ[11]を肛門に…。まあとにかくいろいろあって、ピーウィーはようやくクローゼットから出てきたところで、中国人のヤクザの凶弾に倒れたのだった。[12]ちゃんちゃん。
[編集] 関連項目
[編集] 訳者注
- ↑ ただのホラに決まってんだろ!
- ↑ こういう口調なんだよ、こいつは!
- ↑ マジだよ!
- ↑ これもホントだ、クソ!
- ↑ ホントはボストン大だよ、この野郎!
- ↑ ウソつけ!
- ↑ そんなことあるわけねえだろ!
- ↑ 91年に、このアホはポルノ映画館でオナニーして逮捕されたんだよ、バカだね全く。そんなの場所が場所だからみんなしてるだろうに、何でこいつだけ捕まったかって?当たり前だろ、有名人だからだよ。お前さんも相当なバカだね、ったく。
- ↑ できるわけないだろ!
- ↑ 原文ではCloroxだが、説明がめんどくさいから日本の有名どころに置き換えたんだよ!要するに、液体漂白剤だ、この野郎!間違っても真似するんじゃねえぞ!
- ↑ 原文はSwifferのハタキで、置き換えた理由は上に同じだ!しかし汚ねえな、畜生!
- ↑ まだ生きてるよ、馬鹿野郎!
何で怒ってるかって?糞記事と分かってて訳したとはいえ、あまりに下らねえからだよ! 何?道理で面白くない?知らん、クソ、俺はもう寝る!