ファーストサムライ

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ファーストサムライ(First Samurai)とはなんなのかについて考えてみるにあたっては、まずサムライの定義について考えてみねばなるまい。

まずサムライとは何なのか?[編集]

サムライと呼ばれる人々は、平安時代中期の地方開拓領主の増加とともに発生したと、一般には考えられている。 つまり、地方で野を開拓し、富を蓄積した人々が自分の領土を保護するために武装し、サムライとなっていったのだ。 鎌倉時代の御家人に代表される「御恩と奉公」の関係は、まさに典型といえる。

この一般論は、たしかにサムライのある一面について正鵠を得た指摘である。 だがしかし、サムライとは世俗的利益にのみ関心を向け、ただ領土に固執するだけの存在なのであろうか。

サムライと呼ばれる人々は、時に世俗的な利益を度外視した行動をとるときがある。 熊谷直実しかり直江兼続しかり能登殿しかりである。

かれらは自分の領土を顧みることなく、おのが信念のもと、敵と勇敢に戦い散っていった者達である。 サムライが実利にのみ関心を持った即物的存在であるというならば、 日本国におけるサムライの象徴であるとされる彼らは、いったい何者なのだろうか。


          「カッコイイとはこういうことさ」

               ~能登殿、海に飛び込む直前に敵方大将に語る~ (出典『平家物語 巻ノ九百二十三』)


こうしてみるとサムライとは、ただ単なる世俗的利益に固執する者ではなく それと同時にみずからの生の主題を全うするため、美(カッコイイということ)を追究するため、時には命をかけて行動する者達でもあるのだ。

世俗的利益への関心はだれにでもあるものでありサムライ特有のモノではない。 したがってサムライを定義するにあたっては差し引いて考えるべきモノである。

つまりサムライの定義とは、「人生をかけた美の具現者」「生の輝きの追求者」であるといえる。

ならばファーストサムライとは何者であろうか[編集]

「美」とはひどく個人の価値観により左右されるモノである。 有史以来、普遍的な「美」と成立していない。 したがって美の具現者であるサムライについても、熊谷直実をはじめとする先人達は特定の人々に対してはサムライであっても 普遍的な意味でのサムライであるとは言えない。

ファーストサムライは有史以来いまだこの世に存在していないとも言えるモノであるのだ。


もしかしたらこの画面を見ているあなたがファーストサムライとなるのかもしれない。

野球において[編集]

呼んで字の如く、ファーストを守るサムライ[1]である。

  • かつてはキャッチャーザムライであった。この部分についてはやはり鈍足である事が推測される。

関連項目[編集]