フランス文学
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
フランス文学(―ぶんがく)は、独創性に飛んで常に世界の文学界をリードしてきたフランス人が作り出した、フランスの文学である。一瞥してまさに異常人格者と変質者のパンテオン(万神殿)の観がある。
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[編集] フランスの詩
~ フランス文学 について、太宰治
フランスの詩は禁断の果実といえよう。その詩人達は生涯そのものが冗談を越える冗談としか表現の仕様がないほどに酷い(詳しくはウィキペディアなどを参照)。あのクラウザー2世閣下に勝るとも劣らない。以下にその代表格をあげる。
[編集] 代表的詩人① ヴィヨン(1431年? - 1463年以降)
フランソワ・ヴィヨンはフランスにおける近代詩の創始者である。神父をSATUGAIして死刑判決を受けるなどのパッションの発露から、無数の詩を生み出した。『遺言詩集』や『卒塔婆小町長恨歌』が有名。日本においては太宰治がリスペクトしており、自らをヴィヨンになぞらえた『ヴィヨンの妻』という作品を残している。「嘘がすらすらと出てきました」の名言を生んだ傑作コメディである。
『遺言詩集』では形見として残すものとして「誰々にはあの居酒屋の看板を(勝手に持っていけ、俺が許可する)」などと長々と列挙した後、「俺に残せる遺産や形見なんかある訳無いだろう(バーカ)」と締めくくっている。この荒唐無稽な歌風がその後のフランス詩の流れを方向付けたといってよいだろう。
恩赦で命が助かった際にはさすがに嬉しかったようで、権力にこびへつらった詩を残している。
[編集] 代表的詩人② ボードレール(1821年4月9日 - 1867年8月31日)
ボードレールはフランス詩中興の祖である。莫大な親の遺産を数年で食い潰して破産するなど、ダンディズムの実践者として名高い。信者にはショーン・コネリーがいる。コネリーの、あの額から頭頂にかけて禿げた髪型はボードレールへのオマージュである。『悪の華』『パリの憂鬱』などを発表している。
『悪の華』は「金の無い遊び人が熟女売春婦の垂れパイにしゃぶりつくように」悪徳を恋い慕っている。「レスボス島」などの卑猥な詩が多く、検閲で中身を削除される場合が多かった。自らを「ふくろう」になぞらえ、「何もしない」という無気力な生き方を宣言してニートのさきがけとなった。また『パリの憂鬱』では「ダイナマイトの樽の上でタバコに火をつける」「ガラス細工売りを騙して階段から突き落とす」等の妄想に浸っている。麻薬中毒者というハイカラな一面もあり『人口楽園』に詳細な記録を残しているらしい。まさに犯罪者予備軍の典型であったが何もしないうちに死去した。
[編集] 代表的詩人③ ロートレアモン伯(1846年4月4日 - 1870年11月24日)
伯爵を名乗っているがその実態は南米からやってきた変態青年イジドール・リュシアン・デュカスである。なぜ変態かといえばある少年を溺愛して虐待する倒錯者だったからである。
『マルドロールの歌』はその少年に捧げられている。「ガキンチョを爪で引っかいてやると、なんていい気分になるんだろう」と歌いだし、「俺はメスの鮫とファックする」「神が売春しに降りてきて証拠隠滅に苦労した」「神が天から転がり落ちた顔の上に、三日三晩糞を垂れる」として「ガキンチョにロープをつけて振り回し、塔のてっぺんか放り投げてやる」と結んでいる。出版社は「発禁処分になる」ことを見越して出版を拒否した。その後、おそらく天罰が下ったと思われるが、二十代の若さで死亡した。
[編集] 代表的詩人④ ランボー(1854年10月20日 - 1891年11月10日)
『地獄の季節』などの作品を残した天才少年。しかしホモの先輩詩人ヴェルレーヌの餌食となって、詩を放棄した。貿易商人になって異国に逃亡したが長生きできなかった。映画作品『ランボー』は彼の詩を読んだ映画監督が妄想を膨らませて制作したと言われている。
[編集] 代表的詩人⑤ ヴァレリー(1871年10月30日 - 1945年7月20日)
自叙伝『テスト氏』で「夜寝ていると体が光りだす」と告白しているため宇宙人と推測される。彼の創作活動にブランクがあるのも故郷の星へ帰っていたと推測される。物理学に傾倒し(それ関係の本を大量に所持していたと知人が証言している)アルベルト・アインシュタインの相対性理論を研究しているあたり、宇宙船の故障でやっきになっていた。
「神無き神秘主義者」を自称するなど科学の高度に発達した世界からやってきたと考えられる(『樹についての対話』で樹木に愛着を示していることからして、環境破壊が大問題になっている星なのだろう)。思想的にはアンチ・プラトンで、ある対話編で「貝殻」の生成過程について熱く語っている。また変質狂的な日記マニアであり膨大な量の日記・ノート(『カイエ』)を残している。フランスが地球外生命体との外交関係を重視したため、死後に国葬された。
[編集] 代表的詩人⑥ コクトー
詩人なのに詩よりも小説の方がおもしろい人。本人曰く「これも詩」なのだと。「痩せた文体」で知られ、限界まで減量することを信条としていた。そのためにアヘンまで使用し、ミイラのように痩せた記念写真を残している。また「悟り」と題した詩などはキャバクラや売春宿を推奨しているとしか思えず、フランス式の無節操なポジティブさを受け継いでいることが窺える。
[編集] フランスの小説
フランスの小説は多いが、作家たちのキャラは詩人に比べてやや薄い。しかし『ルパン』が最も代表的な作品であることを勘案すれば明らかなように反社会的で犯罪を賛美する傾向が非常に強い。
[編集] 代表的作家① カミュ
二次大戦中にドイツ軍相手にレジスタンス活動したテロリストである(ドイツ軍の統治政策はうまく、フランス人にも割合に協力者が多かったにもかかわらず)。死因は交通事故だが報復によって暗殺された可能性も無くはない。
その思想を表明した『異邦人』はあまりにも有名。「太陽がまぶしかったから」人を殺す小説である。主人公ムルソーの精神構造は人間的な感情の欠落した犯罪者的思考回路を示している。ムルソーは作品中で事件を起こすまで積極的に犯罪を犯す理由が無かっただけであり、きわめて危険な人間であったことに変わりは無い。
また『ペスト』の物語最後の方で、銃を乱射して逮捕に抗う犯罪者コタールの姿は本人の自画像を描いていると思われる。
[編集] 代表的作家② バタイユ
思想家としてのほうが有名で「生命は乱費されるもの」と主張している。『眼球譚』というポルノ作品は「オーシュ卿(便所の神)」の偽名で発表された。少女が皿のミルクに尻をつけたり、トイレに卵を流したり、奇抜な内容で名高い。発表に偽名を使ったのは内容があまりにもアレなので本名を晒すことをためらったと思われる。最後には教会で神父を愚弄した挙句に惨殺し、「新たな冒険を求めて」逃走する。
[編集] 代表的作家③ アポリネール
一般的には「ミラボー橋」の詩人として知られる。しかし大量のポルノ作品を残しており、その作品はネット上のある奇特なサイトで和訳されている。主人公の少年が大勢を妊娠させた後、「国家の人口増加に貢献した」と誇らしげに語っているのが印象的だ。一人の女性とも責任を取らず、他の男達を騙して押し付けた。
[編集] 代表的作家④ サン=テグジュペリ
良心的な作家として知られる。航空機パイロットだったが、その操縦技術については疑いがもたれている。
『人間の土地』では墜落と遭難の経験が語られているが、筆者の知能すら疑う記述が多い。まず、墜落したときに非常食すらつんでいなかった(どういうわけかワインはあったらしい。コーヒーは容器が割れてしまっていたらしいが、普通は割れるようなポットなど郵便飛行機のコックピットに積み込まないだろう)。「夜露を集めて水を得る」という思いつきは良かったが、他に適当な容器が無かったので飛行機の燃料タンクに入れて駄目にしてしまった(燃料の残りと混ざったらしいと考察しているが、普通の知能がある人間ならば考えるまでも無いことである)。挙句の果て、「世界は自分を見失って困り果てている、今探しに行くぞ、俺達が救援隊だ(実際に遭難しているのは自分たちで、救援が必要なのも自分たちである)」と記述している。彼が最期に行方不明になってしまったのも、当たり前かもしれない。
[編集] 代表的作家⑤ ジョルジュ・サンド
本名オーロール・デュパン、恋多き女流作家。男爵夫人。男装趣味。リアル魔女疑惑。『フランス田園伝説集』は「水木しげる」的な意味で実に興味深い(「ロベールが死んだ、ロベールが死んだ!」はカミュの「太陽のせい」に匹敵する名言。いざとなったら「ろ~」と連呼しながら走り去ればよいことを教えてくれる。それで逃げられない場合は「太陽のせい」にすればよい)。フランス式変態の多面性を示す典型的一例といえよう。
[編集] 代表的作家⑥ サガン
『悲しみよこんにちは』(18歳でベストセラー、パパの恋人を自殺させる話。「私の楽しみは金銭に依存していた」と正直に内省していたあたり、知性は高かったと思われる)などで知られる女流作家。よくいる流行タイプ。古本屋で「一束幾ら」はよくあるパターン(彼女の作品は百円の古本で売られているもの以外は全て贋作だと思われる)。商業作家としては天才(奇人の見本市たるフランス文学界の中では常識人の可能性が高い)。
[編集] 代表的作家⑦ モーパッサン
一般的には堕落した作家と思われがちである(夏目漱石などからひどく嫌われていた)。しかし実際に短編などをよく読んでみると、実はそうではないと分かる。俗悪さを思うさま描く反面、悲恋に殉じるような主人公が少なくない(表面的な堕落の陰にストイシズムが見え隠れしている)。劣悪な世界の中に美しいものを見出し、筋を通す道を探っていたとも言えるだろう。その姿勢はロスト・ジェネレーションのヘミングウェイの描く「コードヒーロー(自己の美学に殉じるためにあえて世俗倫理を無視する)」や革命前ロシアのチェーホフが描く「未来への信念と忍耐」の思想に通じるものがある。また「俗にあって俗を超える」という作風はシェイクスピアに似ているかもしれない。モーパッサン本人が先天的梅毒(母子感染か?)で自分の未来が閉ざされていることを知っており、普仏戦争従軍で人間に絶望、最期には発狂・精神病院で生涯を閉じたことを勘案すれば安っぽい見方は吹き飛んでしまうだろう。救いのない世界を前にしてなおユーモアを捨てようとせず、移ろい行く現世をそれでも愛そうとさえする姿は悲壮でさえある(日本の古典『梁塵秘抄』などに近い感覚だと言える)。それだから「モーパッサンは馬鹿に違いない」「文学はここにいたって堕落」と断ずる漱石は表面しか見ていないことになる(これは日本のインテリがどれほど浅はかかを示す好例である。上辺さえ、さも真剣であるかのように取り繕えばそれで良いとでも思っているのだろうか。例えば「大きな音は音として聴くことはできない」と老子が言っている。現実生活における精神的な強さを持たず、見識と感性の浅い人間にはユーモアの裏に隠された真摯さが分からないのだろう。世界で一番ユーモアに富んでいるのは黒人とユダヤ人だと言われるのにはそういう理由がある)。加えてその作品は文章力が極めて高く、風景描写などはそのまま詩として読んでも楽しめる素晴らしい出来である。
[編集] 代表的作家⑧ フーケー
『水妖記(オンディーヌ)』を書いたドイツの作家として有名だが、実はフランス人の父とドイツ人の母の混血(ただし自覚としてはドイツ人で、ドイツ人として軍に参加。その愛国的作品によって同時代のドイツで人気を集めた。男の子だけに母親びいきだったのかもしれない)。作中に見る妖怪キューレボルンの結婚生活への干渉は、小うるさい親戚や外野の暗喩と思われる。フランス人ならば直接露骨に書くであろうところを、ドイツ風にぼかして風刺したと考えられる。
[編集] フランス文学の出版社
なんとこんなフランス文学書を専門に刊行する出版社が世界には存在する。
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