ブタゴリラ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
この方は亡くなられました
塾と友達、どっちが大事なんだよ!
在りし日のブタゴリラ。何故かアナゴさんと一緒である

ブタゴリラ(漢字表記:豚大猩猩、本名:熊田 薫(くまだ かおる)、1964年5月26日 - 1996年12月3日)とは、ジャイアンに対抗できる唯一にして最強の存在だった、八百屋のせがれ。

ブタゴリラの人となり[編集]

八百屋、熊八の息子として生まれる。東京大学でジャイアンに出会い、お前の物は俺の物、俺の物も俺の物というジャイアニズムを信奉していたが、ジャイアンとの訣別によりそれを発展させた「お前の物は俺の物、俺の物はお前の物」を掲げるブタゴリズムを提唱しようとしたが「それって共産主義じゃないかぁ」とのキテレツの一言にショックを受け1年寝込んだものの復帰。ソ連に渡り共産主義を学んだ。 野菜が好きで、野菜を残す人間には冷たい態度をとる。

ブタゴリラとは実に酷い名前でもはや蔑称とも言うべきものがあるが、何故か彼はこう呼ばれても怒らない。しかし「ブタ」と言われると激怒する。


なお、この人物は平成元年に中華人民共和国で起きた天安門事件に関わり、史上最年少の共産主義幹部として世界から注目された。これは共産主義を批判する人々への報復心理が一致したからであるとの見方が強い。塾嫌いだし、男塾に行かなかったので訓練を受けていなかったのも一因とされる説がある。

ジャイアンへの対抗意識[編集]

1983年、東京大学でジャイアニズム研究会を主催していたジャイアンに出会う。その思想に深く共感する。ブタゴリラはこの出会いについて、「ジャイアニズムに出会ったときは、月並みな言葉で恐縮ですが、衝撃的でした。かつて私は「塾と俺、どっちが大事なんだよ!」という、程度の低い思想しか持っていなかった。しかし、剛田君のジャイアニズムは違う。もっと包括的で、世界を変えることができる強い思想だ。」と語っている。ジャイアンも同志とみなしていたが、74年、訣別。一説には、飲み会の席でジャイアンがパセリを残したことが原因だといわれている。

1995年、オーストラリアを占領したジャイアンだったが、その傲慢な態度に怒りは強く、96年12月3日、シドニーのオペラハウスに視察に出ていたジャイアンを襲ったが、返り討ちに遭い、絶命。

なお、彼の甘さが、その早い死を招いたとジャイアンは語っている。「やはり、キャベツを食べ過ぎて致死量に達したのだろう」と決別前だった飲み会の時の証言をしている。

関連人物[編集]

熊田熊八(19??年~1991年)
偉大なる父。小さな頃から、ブタゴリラは父には頭があがらなかった。その父を越えるため、91年の正月から比叡山に3ヶ月篭もり、修行をしたという。しかし、山を降りる前日、長年に渡ってネギボウズと呼ばれつづけたことにコロ助が激怒。もう一度言ったら殺すと心に決めていたコロ助は、小道具屋から盗んだ日本刀で熊八を二度切りつけ、殺害した。
ブタゴリラはその死を知ったとき、泣き崩れたという。
母ちゃん(本名:熊田小百合、(19??年?月?日~20??年?月?日))
偉大なる母。
よく発する言葉は「かおるー」だが本人に事情聴取したところ、これは🚻に設置されている消臭剤へ対する感動詞を会話言語に変換したものであり、豚ゴリラとは一切の関係を否定している。
ガハハと豪快に笑う、おばさんって感じが漂うオバさんである。

関連項目[編集]

この項目「ブタゴリラ」は、執筆者がクラックをキメていた可能性もありますが、今はまだクソの山です。より愉快にしてくださる協力者を求めています。さぁ、これを見ているあなたも、恥ずかしがらずに書き込んでみよう! (Portal:スタブ)