プラモ

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プラモ(Plamo)とは、合成樹脂を原料としたミニチュアモデルの通称。語源は旧ソ連軍の教練士官、イーゴリ・プラーモフ [Igor Plamov / Игорь Пламов]とされている。

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概要[編集]

語源となった旧ソ連軍の教練士官プラーモフは敵味方識別と弱点教育のため、セルロイドで敵ドイツ軍の兵器のミニチュアキットを作って配布し、前線の兵士に組み立てさせた。完成品を与えられた場合より、自分で組み立てた兵士の方が構造や特徴をよく理解したためである。

このプラーモフ式教練法は兵器レンドリースへの見返りとして英米に伝えられ、効果を上げた。そのため、戦後の西側諸国でもセルロイド製のミニチュアキットが作られ、創案者にちなんで「プラーモフ」または「プラモ」と呼ばれた。

「プラモ」はセルロイドの生産縮小に伴って、1950年代後半にスチロール樹脂製の「プラモデル」にとって代わるように絶滅した。

戦後のプラモ[編集]

全盛期[編集]

戦後、プラーモフ式教練法は軍事にとどまらず全世界のあらゆる分野において応用されることとなった。公共の交通機関の運転訓練などや、都市計画を行うためなど実用性の高い分野に用いられた。これには全世界においてセルロイドによるミニチュアキットが発売され、社会的基盤が構築されたことが大いに貢献している。

日本においては、当時の田宮模型が世界で最初に玩具の分野においてプラモ商品を発売し、日本はもちろん世界中から注目を浴びた。初期の商品であるドイツ車プラモなどにおいては内部の細かい構造までもが精密に再現されており、自動車会社の新人研修で用いられることがブームになった。プラモが庶民にも親しまれるようになったのはこのときからである。

衰退[編集]

ところが、庶民は組み立てや内部構造にはほとんど興味がなかったために[1]、やがて中身のない商品や、すでに組み立てられた商品が次々とプラモとして発売されるようになり、晩年においてはほぼ完全にプラモ本来の意味を失ってしまった。また本来の原料であるセルロイドが入手困難になったこともあいまって、現在のスチロール樹脂製のプラモデルにとって代わったため、本来の意味でのプラモはすでに絶滅したといえる。


  1. ^ ただし一部の熱狂的なヲタクたちにとっては内部構造は重要なポイントの一つであり、たとえば運転台のない鉄道プラモを買っては発狂する鉄道教徒の姿は現在でもよく見られる。

関連項目[編集]