プリンキピア

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「この本を、偉大なるロバート・フックへ。」
プリンキピア について、アイザック・ニュートン

プリンキピア(原題:Philosophiae naturalis principia mathematica、邦題『自然哲学の数学的諸原理』)とは、アイザック・ニュートンによって提唱されたニュートン力学の書(発行:1687年夏ごろ)である。

概要[編集]

リンゴはなぜ落ちるのか? 地面に対して一定方向に作用すること力は何を意味するのか? といういわゆる「重力(いわゆる万有引力)」の概念を、当時多くの科学者によってアプローチが試みられていた微分・積分を一切無視して、当時すでに化石となりかけていたユークリッド幾何学のみで証明しようと試みたニュートンの独自研究によって本書が構成されるため、非常にダラダラと長ったらしく無駄に文字数ばかり多いものとなっている。これは、当時ライバルであったプロイセンの科学者ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツに(絶対時間や表記法において)差をつけようと頑張ったためとされているが、これこそまったくの「車輪の再発明」に他ならず、惜しみなく注がれたニュートンの膨大な努力は、ほぼ報われないままにその役目を終えることとなった。

ちなみにこの本の特徴は、当時において書籍の文章構成の主流であった講義式と呼ばれる記述法ではなく、教本式と呼ばれる方式で記述されており、少しだけ注目を浴びたのだが、学界からはあくまで「奇をてらったニュートンの変態趣味」として片づけられてしまった。教本式とは最初に結論を提示した上で、後からその肉付け(つまり細部の証明)を行う形式であり、当時においては「前提を証明する過程で前提の間違いに気づいたら、全部が無駄になってしまう」というリスクがあまりに大きいために採用されていなかったのである。にもかかわらずニュートンがこの方式を採用したのには、第一に「やってみたかったから」と「誰もやっていないことをやってみたい」という自己顕示欲に他ならなかったが、学界において誰からも評価されることはなかった。

また、出版に際してライバルの一人であったロバート・フックに「これ、パクリじゃね? ここここここ、俺が書いた数式そのまんまじゃねーか!」と指摘され、あわや訴訟沙汰ともなったが、そこへニュートンの仲間であるエドモンド・ハレーが仲裁に入り、「まぁまぁ、フック君の見解は大いに参考とさせてもらったのは確かだから、冒頭に謝辞を書くよ。それでいいだろう? な、大人の事情ってヤツを察してくれよ」ということでどうにか出版にこぎつけたのだが、論文の時点でダメなものを本の形にしたからって、それで周囲の評価がガラッと変わるなんてことはありえないのは言うまでもない話である。

斬新な視点[編集]

挿絵。理想的なおっぱい。

あまり好評でなかった「リンゴはなぜ落ちるのか」という理論を、今度はまったく同じ内容で「おっぱいはなぜ垂れるのか」として{{rewrite}}すると、今度はこれが大好評、まるで二頭の牛のようにたわわな胸部のご婦人たちやそれに群がる野郎どもをはじめとして、垂れる心配などはなっから必要がないささやかな胸を持っている女性およびそれを信奉している野郎どもまでもが競って彼の著作を求めるようになり、一躍彼は時の人として祭り上げられるようになったのであった。そして気づいたのであった。「脂肪の塊でしかないおっぱいは、一度垂れると二度と戻らない。だから妊娠中だからと言って油断せず、胸筋だけはしっかりと鍛え、恋人にもみしだいてもらうことで日々のシェイプアップを図ろう」と。

現在[編集]

不磨の大典。

その出版された当時でこそ無意味なたわごととしか思われていなかったニュートンの力学概論であったが、時代が下るにつれて科学技術と数学的証明理論の発達につれてニュートンの理論は徐々に水増しを重ね、18世紀ごろになってようやくそれらしい科学理論として認められるようになった。特に英語圏とラテン語圏においては科学大系の古典として高く崇め奉られ、世界の名著シリーズ全集には必ずと言っていいほど顔を出すメジャーな科学書としての地位を不動のものとしているのであった。

ところで[編集]

余談ながら、なぜこの『自然哲学の数学的諸原理(Philosophiae naturalis principia mathematica)』がそこから中途半端に抜き出した「プリンキピア」になってしまったのか、どうして真面目に「ピロソピアー ナチュラリス プリンキピア マチェマチカ」と呼ばないで「プリンキピア」とだけ略すことにしたのか、についてであるが、これは正式名称をさねばならなかった大人の事情については言うまでもないこととして、ピロソピアーでもナチュラリスでもマチェマチカでもなくプリンキピアでなくてはならなかった経緯には特に事情があった訳でもないが、強いて言うならピロソピアー(求知)では衒学的なイメージが強く、ナチュラリス(自然、ありのままに)ではヌーディストなイメージばかりが先行してしまい、どちらかと言えばマチェマチカでもよかったのだけれど、ニュートンはこっくりさんでプリンキピアという何となく斬新な響きを優先したために文法的には不自然なプリンキピアを略題として採用したのであった。

関連項目[編集]