平気・古馬来年

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平気・コバライネン…
「さすがカーボンモノコックだ!タイヤバリアでもなんともないぜ!」
ヘイキ・コバライネン について、ジオン軍兵士
「べっ・・・・別にあんたの事なんか心配してないからね!!」
ヘイキ・コバライネン について、ルイズ・ハミルトン
ドラえもんの通り抜けフープという道具は、空間に穴を開けてくれる道具です。タイヤバリアのタイヤの円は通り抜けフープを連想させ、ここに突っ込めば1位になると信じていた。」
ヘイキ・コバライネン について、最強の弁護士軍団
「コバライネン 何やってまんねん!」
ヘイキ・コバライネン について、ピエール北川
Wikipedia
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平気・コバライネン(本名ヘイキ・コバライネン、(Heikki Kovalainen, 1981年10月19日 - )は新型ステルスミサイルとしてF1に投入された影の薄いフィンランド人である。

2007年[編集]

眉毛が抜けたルノーに、鳴り物入りでやってきた新型ミサイルだったが、前年度コンストラクターズ覇者とは思えないへたれっぷりを発揮するルノーのおかげでまったく勝負にならないシーズンだった。それでも誰にも気づかれずドライバーズポイントで7位に入っていた。

ストーブシーズンでは、その影の薄さから、契約更改していないことに気付かれず、ルノーは眉毛を呼び戻した上に、セカンドドライバーとしてネルソン・ピケ・Jrと契約してしてしまい、人知れず無職になっていた

なんとか、マクラーレンに拾ってもらえたが、ハミルトンの陰に隠れてやっぱり誰にも注目されていません。

2008年[編集]

マクラーレンに事実上栄転した平気は、毎レースポイントを獲得してそこそこうまくやっていたが、若いにわかせんぺいイケメンTOYOTAミサイルが注目を集めてしまい、やっぱり影の薄いシーズンを過ごしていた。

そんな中迎えた第4戦スペイングランプリにて、誰も見ていないところでタイヤバーストし、そのまま時速200km以上で、タイヤバリアに向かって約75度の角度で着弾し、カメラを向けることに成功した。

てかぶっ刺さった車体を見て誰もが死んだと思った…。

生還した彼は誇らしげに親指を立てた。

でもほめられたのはドライバーの命を守ったカーボンモノコックだったので、やっぱり影は薄いままである

第11戦ハンガリーGPでは2位スタートからスタートで順位を落とし、目立たず3位を走っていたところ、2位走行中のツンデレがタイヤのパンクで後方に、そして後2週と言うところでトップを走っていた禿進行中がエンジントラブルでリタイアし、28戦目にして初優勝を飾る。

しかも、これがF1グランプリ創設以来100人目の優勝者だったらしく、微妙に注目されつつあるがやっぱり微妙に影は薄い

2009年[編集]

ストーブシーズンでは特に話題にされることなくシーズン開幕を迎えた。

開幕2戦連続1周も走らずに帰っていくと言う前代未聞の影薄記録を樹立したが、勿論、そんなこと誰も知ったこっちゃない。

その後、シーズン中盤にさしかかるまで、何ら目立った活躍は見せずに走っていたが、チーム側から「契約更新には存在感を示す必要がある」という無茶な注文をつけられる。おおかたの予想どおり、特に存在感を示すことができずにシーズン終盤を迎えた。このままではダメだ。ここで平気はギャンブルにうってでた。

第16戦ブラジルGP、チーム・クルーが給油完了前にロリポップを上げてしまったミスを見逃さず、平気は勢い良くホースを引きちぎって発車、ついでに後方を走っていた冷たい方のフィンランド人の車を炎上させ、自らはブラウンGPのピットに突っ込んでホースを抜いてもらうという華麗な荒業を見せつけた。並みのドライバーなら大騒ぎになっているところであったが、このレースはチャンピオン決定戦であったため、FIA側も平気への処分を忘れてしまい、チームに軽微な罰金刑を科しただけであった。

こうして人々から忘れられたままストーブシーズンを迎え、チームはチャンピオンのジェンソン・バトンと契約、コバライネンは再び無職になった。別に解雇されたわけではない。単に忘れられてしまったのだ。

2010年[編集]

シーズンオフ、マレーシアに売られたイギリス系名門チームに拾われたが、結局テレビに映らない。 ただ新参組の中ではそこそこ健闘しており、若干ではあるが存在感を見せつつある。コバライネンなのに。

第15戦シンガポールGPの終盤、平気は接触事故を起こし、エキゾーストから激しく炎上。マリーナベイの夜に煌く。 だが、マシンが大炎上しているにも関わらず、マーシャルは誰も助けに来てくれない。ホームストレートにマシンを止めた平気は、ピットレーンから消火器を受け取りセルフ鎮火するのだった…。 そんなことがあったにも関わらず、観客は眉毛吾作の白熱バトルに夢中だ!僅差でチェッカーを切る両者の横で白煙に包まれる平気のマシンは、まさに雲隠れであった。

エピソード[編集]

・F1デビューが26歳と高齢であることにその影の薄さからシーズン途中まで気づかれていなかったため、ハミルトンと同列に並べられて子供扱いされていた。

・大事故から復活したのにタレ目よろしく「不死鳥」等のニックネームはつけてもらえなかった。ひとえに事故シーンが地味だったからだ。(事故シーンそのものは派手だったものの、その場面を誰も見ていなかった上に、救出されたドライバーを見た観客は「なんだ、平気じゃん」とか言って、何事も無かったかのように再びレースを楽しんだとの事である。)

・あまりに影が薄く、初のPPを獲得した2008年イギリスグランプリでは、コメントに困ったフジテレビアナウンサー塩原に「コバライネンはここから強く速くなっていくのねん。」とか言われる始末。

・F1史上100人目のGP優勝ドライバーとなったが、101人目として執事が史上最年少で優勝を飾ってしまい2008年シーズンはそのことでもちきりだ!!こうしてさらに影が薄くなっていく

・近年俺たちのニックその影の薄さから注目を集め愛されてもいるのだが、コバライネンに関してはそのようなことはない。あろうはずがない。

・上述2010年の消火活動が、同年の「最も記憶に残るシーン(笑)」として投票で選出され、「消防士」のニックネームまで与えられることになっていたが、あらかじめ事故っておいて授賞式に現れないと言う念の入れようである。

・ウェーバーが追突して宙を舞っても、追突されたコバライネンのことは誰も気にしない。

・2008年のカナダGP序盤でのリタイアがクビサ初優勝のきっかけという説がある つーか もうちょっと遅かったらハイドフェルドが勝ってたのに