ペニシリン

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ペニシリン(英Penicillin)とは、幕末の蘭方医南方仁(生没年不詳)によって発明された、世界初の抗生物質である。

「ペニシリンがぁ……うわあああああ!!」
ペニシリン について、山田純庵
「それはペニシリンなるものでごさりますか?」
ペニシリン について、橘咲
「愛にぃ~気付いてくだぁっさいぃ~」
ペニシリン について、HAKUEI

概要[編集]

この抗生物質は、なんだかよくわからんが、病気によく効く。

発明の背景[編集]

この南方のペニシリンの発明の背景には、江戸時代における梅毒(うめどく)の流行が多く関わっている。当時梅毒はかかったら最後チョーやばい不治の病として猛威をふるっていた。その主な症状は

  1. 頭から梅の木が生えてくる(初期症状)
  2. そこに観光客がやってきて観光名所化
  3. 客のマナーが悪く、ごみのポイ捨てやどんちゃん騒ぎで苛立ちのあまりその梅の木を引っこ抜いてしまう
  4. 頭に大穴があく
  5. その穴に雨が降り水がたまる
  6. 頭が釣り堀になる
  7. 釣り堀客のマナーの悪さ(禁漁期間に釣りをする・キャッチ&リリースをしないetc)に怒りのあまり悶え死ぬ。
            して南方先生。梅毒の正体とは一体?
   /⌒⌒ヽ
   ! ノ丿、~,ヽリ       ,,====、、
   Vc' ´ヮゝ/     〃ニ''ニ <ヽ
    / ヽy/ヽ.     || /_ヽ|).|
    |__i//と))    レ,||y/|| ヽ,ゝ
     U===={      (ρi∞.||σ)
     ノノ___|      |__|TT||_|
     ̄U U       └U┴‐U┘

    ググれカス

この病は主に梅干しの種を誤飲することによっておこり、南方の活躍した幕末期ではよく罹る病だった。 これに対し南方はまるで最初から製法を分かっていたかのようにエタノールとか青カビとかをどーにかこーにかしてペニシリンを発明してしまう。ほんと南方先生(しぇんしぇー)さまさまである。フツーの人ならここで満足するだろうが、南方はそれだけで満足する男じゃない。さらに南方はその上、大量生産を目論む様になる。ほんとにこの男、幕末の医者か?と怪しみたくなるがまぁそれはさておき、その先見の明で南方は闇ルートを含め、いろいろな人脈に働きかける。その結果、南方は今の「仁友堂製薬㈱」や「仁友堂製菓」の母体となる「仁友堂」を設立したのだ。

問題点[編集]

南方のペニシリン使い過ぎ問題[編集]

南方(とその他大勢)の尽力によりようやく実用にこぎつけたペニシリンであるが、まだ生産数は限られていた。しかし南方は「俺が発明したんだから、俺が自由に使っていいだろ?」とジャイアンばりに傲慢をかまして、好き勝手に使っていた。その天罰か、その偉業を妬んだ誰かの陰謀でペニシリン製造所は放火され、しばらく「俺は、もうだめかもしれない…。」とネガティブモードに突入してしまう。まったく、よくわからない医者である。

現在[編集]

現在、ペニシリンの国内シェアはほぼ仁友堂製薬㈱で占められている。さすが老舗である。しかし梅毒は梅の品種改良によって根絶しているため、ペニシリンの存在はもはやどうでもよくなっている。

ついでに[編集]

梅干しの種の中身を仁という。まぁ、関係ないんだけどね。

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南方しぇんしぇ~い!この「ペニシリン」は、まだまだぜよ!はよう完成させて、亀山社中で売りまくるぜよ! (Portal:スタブ)