ホテルニュージャパン火災

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ホテルニュージャパン火災(-かさい)とは、1982年2月8日東京都永田町で起きたホテル火災。馬鹿社長の阿呆っぷりが非常に有名である。なお、当日、のちにフライデーを襲撃する男が宿泊予定であったが、所持金がなく難から逃れている。もし泊まっていて、秋の風物あの飛行機に乗っていれば芸能界はイグアナの独り勝ちになるところであった。

第41回 (1982年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー

概要[編集]

外国人客の寝タバコが原因で午前3時24分出火。普通の設備なら「危なかったなあ。寝タバコはダメでしょう!」で済むところだが、スプリンクラーもオモチャという代物ばかりか部屋の家具は可燃性・部屋の仕切りは燃え易い木材という一流ホテルと言う評判には程遠いお粗末さ、挙句の果てには従業員が社長に指示を仰いだところ社長の横井英樹が「高級家具だけ持ち出せ」という酷い始末[1]。かくして建物は大炎上・有毒ガス交じりのガスがホテル内に立ち上り、消防総監自ら消火の陣頭指揮をするくらいの大事に。結果として33人が死亡・34人が負傷、おまけに元のオーナーの中国古典籍のコレクションも灰となり有名な政治評論家だった戸川猪佐武が仕事場から焼け出されるなど、その迷惑振りは常識の遥か斜め上を行くほどだった。

先ず火事を起こしたところで謝罪し、死者を出した時点で土下座どころか切腹ものであるが、この社長は違った。今もなお消防が消火に当たっている状況で、「本日はお集まりいただきありがとうございます」とマスコミに出るのが嬉しいのか報道陣への儀挨拶が第一声。少なくとも死者が出る火災を起こした社長の言葉ではないが、なおも「悪いのは火元となった宿泊客」と開き直った。こんな開き直りは投稿ブロック依頼を出されているユーザーでもそうは見られない光景である。裏では、救助の際にのどにやけどを負った消防士に、口止め料を持ち掛け追い返されるなど本当に日本人かという行動・言動を連発。当然司直の手にかけて罰せられて当然のことをやらかした訳だが、当の社長は10年以上も粘りやがって、1993年にやっと最高裁で禁固7年を言い渡されるという悪あがきにも程があるだろとしか言い様が無い奴である。

火災翌日[編集]

「いろいろ状況が分かってきたし、こっからニュージャパンを袋叩きにしてやる!」とマスコミが意気込んでいた火災の翌日に、あの「機長やめてください!」(もしくは「機長何をするんですか」)で有名な日本航空350便墜落事故が発生。羽田沖のため前日活動したばかりの東京消防庁が救助に当たった。マスコミも検証という名の袋叩きをしようとしていた矢先の事故で、350便の報道に追われた。この事故でも24人が死亡した。夏であれば海水温も低くなくもう少し生存者がいたとみられる。

その後[編集]

ホテル地下にあったクラブ『ニュー・ラテンクォーター』は経営元が別ということもあり1989年まで営業を続けたが、幽霊が出るミステリースポットとも噂されかねない[2]様な場所で営業を続けられたことを褒めたいほどである。一方廃墟となったホテルの建物はバブルに乗ってか横井がそのまま持っても資産価値が高くなるから大儲けと持ち続けていた。しかしバブル崩壊暫くして横井も有罪確定で収監されて、建物はとある保険会社の手に渡り1996年に解体。現存していれば夏休みに子供たちが集中していたが、今では外資の手に落ちて、高層階にはセレブが居を構えているという。

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  1. ^ そもそも従業員が社長の指示を仰ぐ必要はなく、普通に避難するよう指示すればいいだけである。報告・連絡・相談のお手本とも言うべきものだがお前は指示待ち族かと言われても仕方ない。
  2. ^ 何しろホテル本体が大火災を起こす遥か以前に、かの力道山ヤクザにイワされた場所だったりする。

関連項目[編集]


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