ホトトギス

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
ホトトギス について、織田信長

ホトトギスとは、鳴かないことで有名な男気に溢れる鳥である。

鳴かぬ鳥[編集]

ホトトギスは鳴かず、鳴くときには命を賭けて……

一般的にホトトギスは鳴かない鳥として認知されており、例えば和歌俳句などで初句に「鳴かぬなら」と置けば、3句には必ず「ほととぎす」と入れる決まりとなっている。このことから「鳴かぬ」は「ほととぎす」を連想させる縁語として成立するほどに、ホトトギスが鳴かぬ鳥であることが認知されていることが分かる。しかし、決して鳴かぬわけではなく、ホトトギスの名は鳴き声が「ホ・ト・ト・ギス」と聞こえるからとも言われ、ひとたび鳴けば命を賭け血を吐いてでも血を吐ききってでも鳴き続け、聞く者を圧倒し地獄に落ちても名を忘れない程に鳴いて聞かせると言われている。

鳴かぬ鳥として一般的な認知が高まってしまったために、戦国時代から安土桃山時代にかけては大名達の間でホトトギスを鳴かせようとする遊びが流行したことがあった。その頃の逸話として、一人の大名の所にホトトギスが来たは良いが鳴く様子がないため斬り殺されてしまい、ある一人の大名は偶然訪れたホトトギスを無理矢理鳴かすためにありとあらゆることをしたと言い、ある一人の大名は待っていればいつかは鳴くだろうと偶然訪れたホトトギスを囲って逃げられないようにしてしまったと伝えられている。しかし、それらの逸話も何をしたかは伝えられているが鳴かすことが出来たとは伝えられていない。ホトトギスは誰であろうと何をされようと媚びることも怯えることもなく決して鳴くことのない孤高の鳥なのである。

正岡子規はこの鳥を神のごとく崇拝していたことで有名。しばしばホトトギスの鳴きまねをしては結核を悪化させて血を吐いていたという。そして子規の弟子達もまた彼を見習いホトトギスのまねに励むようになり、いつしかホトトギスの真似が立派に出来ることが俳人としての一流のステータスだとみなされるようになっていった。

子捨ての鳥[編集]

ホトトギスは子を捨てていく鳥としても知られており、例え受精して卵を産む段になっても巣などを作ることはなく、そこらへんに放るように卵を産み捨てて飛び去っていく姿が何度も確認されている。これはホトトギスには親子愛など必要ないためであり、子が居れば親の弱みとなり親が居れば子は甘えを憶えることになってしまうのを嫌うからである。ホトトギスは自らの子であろうと顧みたりはしない。

しかし、このようにホトトギスが卵を産み捨てていくとき、偶然にも他の鳥の巣の中に産み落としていくことがある。そのようなときに卵から孵ったホトトギスのは、巣の中にある他の卵や先に孵っていた他の雛を巣から押しのけて外に捨てていく。ホトトギスには兄弟の愛も必要ないのである。血が繋がらずとも共に暮らせば愛情が生まれ、愛情は弱さを生み鳥を狂わせる。大事な存在を得て失えば悲しみを覚え啼きたくなるのは自明の理であり、鳴かぬ孤独の鳥であるホトトギスには致命的な弱さを生みかねないために無意識のうちに行われる行動である。最低限育ての親があれば良く、ホトトギスには家族の情を顧みることはない。

不如帰[編集]

ホトトギスを漢字で書く場合には「杜宇」「蜀魂」「不如帰」と書くことがあり、これらは中国の古典でであった杜宇はホトトギスとなり蜀の滅亡をみて「これでもはや帰ることはできない(不如帰)」と鳴いて血の吐くほど喜んだからと言われる。故国が無くなれば最早帰る場所は存在せず、孤独の鳥であるホトトギスも巣を作ることはなく、もちろん帰ることはない。孤独で孤高の男気のあるホトトギスには、いつでも帰ることが出来る安心する場所など必要がない、危機に陥って引いて戻る場所など存在しないことを示した名前である。

さまざまなホトトギス[編集]

「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
ホトトギス について、織田信長
「鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス」
ホトトギス について、豊臣秀吉
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」
ホトトギス について、徳川家康
「鳴かぬなら 揚げて食べよう ホトトギス」
ホトトギス について、カーネル・サンダース
「鳴かぬなら 観察しよう ホトトギス」
ホトトギス について、アンリ・ファーブル
「鳴かぬなら 収容しとけ ホトトギス」
ホトトギス について、アドルフ・ヒトラー

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「ホトトギス」の項目を執筆しています。
  • 正岡子規
  • キジ - ホトトギスとは逆に鳴きすぎて狩人に居場所を知られてしまう鳥。