ボニーとクライド

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ボニーとクライド(Bonnie&Clyde)とは、史上最も危ないカップルである。ジョン・デリンジャーなどと並ぶ大恐慌時代のアメリカを代表する銀行強盗でもある。

写真を撮る暇があるならボニーを止めろ。

二人の生い立ち[編集]

ボニー・パーカー(女性)は、1910年テキサス州ローウェナという、町にある水分の90%がサボテンの中にあるというような、産湯にも困る地で生を受けた。16歳の時高校の同級生と婚約をしていたものの、1930年当時ダラスで強盗を悪びれなくしていたクライドに出会い一目惚れし婚約者の元から突然出奔。ボニーの婚約者はいつかボニーが自分の元に帰ってくると信じて疑わなかったが、その後二人が州を又に掛けた強盗によって全米で有名になると警察に対し、額に青筋を浮かべ、ぎこちないにやけ顔で「新おにい」ことクライド・バロウ一味の逮捕に協力的な態度を取ったという。[1]

クライド・バロウ(男性)は、とあるダラスの農家の六番目(八人中)として生を受けた。子供の頃は両親が忙しく、そして貧しかったため、子供の躾や世話になかなか手が回らず、クライドが兄が2日ほど動いていないことを報告するも「きっと寝ているんだよ、邪魔するならあっちに行っておくれ!」と言われ、また数日後父親がへろへろになって帰ってくると、クライドは父親に兄が変色してきたことを報告。しかし結局相手にされないので業を煮やしたクライドは茶色の兄を部屋の端にキャベツの芯やの骨などと共に寄せ、それから兄のことを忘れた。子供が一人減ったことに気が付かないほど親は忙しく、家族の兄弟たちもそのことについて夕食のキャベツスープの分け前が増えた気がする程度にしか感じなかった。

しばらくは姉が彼ら弟の面倒を見ていたが、次第に成長するにつれ姉も兄弟全員の面倒を見るわけにもいかなくなり、彼ら兄弟は親戚の叔母の家に預けられることが多くなる。しかし若いクライドは染みのあるぬいぐるみや、麝香と紅茶の臭いが常に淀んでいる叔母の家を「あそこにいると頭が砂糖漬けになっちまう」と嫌い、暇になったら動物を虐待し、叔母の家でキッシュを食べ、さわやかな朝にはラジオ体操代わりに動物虐待をする日々が続いた。

そんなことを続けて数年経ったある時、兄(キャベツの芯と共に部屋の隅で白骨化した兄ではない)のバックが、そんなことよりももっと面白い物が世の中にはあると、彼にと盗みを教えた。そして彼の初めての獲物はクリスマス用の七面鳥であった。彼が家族思いであったのかどうか、七面鳥が外にいたのか、それともオーブンの中にいたのを強奪したのかは定かでないが、このおかげでバロウ一家はクリスマスに温かい肉を食べることを初めて知ったのであった。

しかし、その後17歳の時にギャングに入団したクライドはある時道に止めてあった他人のフォードに乗り込むと、「ブブゥ~!ドッギャァァ~~!!」などと喚き散らし、気分が高まるとキーが刺さったままの車を発進させ、夕暮れにエンストで停車すると同時に持ち主からの連絡を受けた警察に逮捕された。ところが家族は警察と被害者を恫喝、クライドにはおつむをなでて擁護した。この溺愛と言えるまでの擁護には、子供の時構ってあげられなかった引け目もあったのかもしれない。めでたしめでたし。

出会い、強盗、殺人[編集]

クライドは家族の庇護をいいことに、ダラス近郊で犯罪三昧の日々を楽しむようになる。ある時犯罪仲間の家でやややさぐれていたボニーと出会うと、ボニーの方が一目惚れし、婚約者を捨てたことは前述したとおりである。その後行動を共にし始めた二人は、行動を共にした直後に仲良く投獄された。

しかし二人に更生の意志は微塵も無かった。ところが何度も脱獄しようとするも果たせず、しっかりと刑期を終えて出所してしまった二人であったが、レイモンド・ハミルトンを仲間に加えると[2]強盗を開始。店長が太っている商店を選んで押し入り、主人を血も涙も鼻水もなく冷酷に射殺し、殺した後は金を奪い、強奪後は車内で待つボニーの元に「どうして店の中からは血と金がたくさん出てくるんだろう」と怯えるかのように逃走した。その後も強盗は続けられ、気が付けば自分たちの元に集まったゴロツキたちによって犯罪組織「バロウ・ギャング」が出来上がっており、太った商店の主人や保安官、警察官たちは彼らの犯行の邪魔をし、逃走中の彼らの前に立ちはだかったため、「ちょっとどいてね」とばかりにどんどん射殺されていった。

そして、クライドたちの何よりの秘密兵器は当時の大衆車の中で最新型の「フォードV8」という自動車だった。高い馬力と加速力を誇るこの自動車は、あろうことか当時の警察車両では追いつくことができず、警察は彼らが車に乗ると「お手上げですね」などと言って無責任に追跡をやめ、上司からの叱責で毎日身長を縮めていた。

鬼ごっこの終わり[編集]

1930年代のアメリカは禁酒法大恐慌などによって民衆の不満が鬱積しており、その感情は警察や政治家に向けられていた。すんでの所でクライド一味を取り逃がす警察に対しマスコミはざまあみろとでも言いたいような報道をとり、ボニーとクライドの名はマスコミによって半ば義賊や、ヒーローとしてもてはやされ、たびたびその被害に遭う太った商店の主人以外の民衆にも非常に人気があった。

しかし警察もそこまで愚鈍ではなかった。一度車に乗れば絶対捕まらないボニーとクライドだったが、車が無ければ話は別である。クライド一味が潜んでいるとの情報を受けた警察は大挙してアジトへと押し寄せ、ボニーとクライドは一旦無視し、その代わり親の仇とばかりにフォードV8をトミーガンで撃って撃って粉砕した。ヒィーと逃げるクライド一味も撃ちまくり、ボニーとクライドは辛くも予備の自動車(フォードV8ではない)で逃げ延びたが、兄のバックが頭部を撃たれ、逃亡中に「なんか頭が痛いね」と言い残して死亡。焦りに焦ったクライドは逃走中に自動車事故であろうことか腕をヤケド。一時ボニーとクライドは負傷の療養をして英気を養い、再起を思うようになる。

しかし、彼らの人生は意外な所で幕を閉じることとなる。ある日、二人は洋梨を齧り、愛車の死を嘆きつつ寂しい道を運転していた、すると突然フロントガラスに穴が開いたため。驚いた彼らは車を止め、前を見た。前にはトミーガンを持った警官がたくさん。後ろを見た。後ろにもトミーガンを持った警官がたくさん。

ずだだだだだだだだだだ……

ボニーとクライドは、思いがけぬところで車と共にハチの巣になって生を終えた。最期何か言おうとしたようだと警官の一人は語っているが銃声にかき消され、何が言いたかったかは杳として知れない。警官が発砲した銃弾の数には諸説あり、2発から300発まで数多くの憶測がなされている。

ボニーの母親の証言[編集]

ボニーはいい子だったんです。いつも私のことを気遣ってくれて……父親が亡くなった時も「パパが死んだことは気にしないでママ。いくらでも替えはいるんだから。」と声をかけてくれて、私が買った鉛筆をいたずらで男子生徒に取られた時も、男子生徒を呼びつけて病院に2週間入院させるまで殴ってくれたり……

こうなったのもあのロクデナシのクライドっていう男に出会ってしまったからなんです。あいつが死んだのはざまあみろですよ、でも、私のボニーも一緒に死ぬなんて……あいつはロクデナシですよ、あいつはロクデナシですよ、あいつはロクデナシですよ、あいつはロクでなしですよ……


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  1. ^ もちろん彼は「旧おにい」である。
  2. ^ しかし後年ケンカ別れし、レイモンドもまたにやけながら警察に協力するのだった。

関連項目[編集]